第218話 1回戦 最終試合

 (やっぱり、いいパンチもってるな、だが、体格が小さく、それよりも重いストレートを打つ奴をしっている)

 北岡は、そう思い全身に力を込める。


 一ノ瀬は、蹴りよりも拳の方がより効果的と感じていた。

 それ程までに完璧な手応えを感じていた。


 距離を詰めれば、あの右がくる、このまま蹴り合っても勝てるが、それを返す手が万が一にもあるならば、展開は変える必要がある、それにこれはトーナメント、今不必要にダメージを喰らいすぎるのは良くない。

 一ノ瀬は、そう考えた。


 (次の空手屋の事もある、ここは一気に片をつけないと)


 一ノ瀬は中間距離から近距離戦に変え、序盤に見せたボクシングスタイルで挑む。

 序盤と違うのは左ジャブを北岡が避けきれずに被弾してしまう事。


 左の攻撃が当たることで少しずつ、左のガードが疎かになっていく。


 (右側が腫れで見えてないイケると、思わして攻めさるつもりだろう、ガードが甘くなる瞬間を狙ってるんだろう)


 一ノ瀬は、あえて左のガードを下げ誘う、北岡の右の肩が僅かに動く、ガードは右腕で行うつもりだ、もし間に合わなかったとして、来る事が分かっていれば耐えられる。

 

 耐えられるはずだ。

 覚悟を決め歯を食いしばる。


 次の瞬間、リングに血飛沫が舞い上がる。

 一ノ瀬は、一瞬何が起きたか分からずに、額に痛みよりも熱さを感じ、反撃よりも、退避を選び、後に下がり、熱さを感じた部分に手をやる。


 『右』の目尻から額にかけて、パックリと切れられ、血が流れていた。


 その出血は、多く次第に、右の視界を奪っていく、その切り口に刃物を使用を勘ぐるほどだ。


 もちろん、武器の使用はない、額を切ったのは、北岡の左肘だった。


 「肘だ、左肘、右じゃない」


 神田は、大声で一ノ瀬に伝えた、一瞬呆けた一ノ瀬であったが、血に染まる自身の手を見て笑みを浮かべた。


 この切る肘が切り札か。


 右はボヤケ視界は悪いが問題ないという感じで、再度攻めに転じる。

 

 先程と同じような打撃戦になるが、先程とは違うのは、一撃、一撃毎に、一ノ瀬から出血が溢れて、リングが血に染まっていく。


 一ノ瀬は、右を意識し、北岡は、再度傷口を狙うような打撃を行う。



 この戦いの、この流れの意図を理解する者は、只1人、それは、真田剣之介。


 古流剣術の彼は、北岡の戦術に見覚えがあった。


 「理心流・血煙」


 北岡の呟きに、同室には応急処置を受けた常磐天空と、同じ学校の生徒会長の近藤がいた。


 「ちけむり」


 工藤は聞き返す。


 「あの戦術は間違いない、俺の流派でも同じ戦い方がある、試合の終わりは近いな」


 その言葉を聞き再度2人は視線をモニターに戻す、説明を聞かずともまずは試合に集中する必要があると感じたからだ。

 

 一ノ瀬と北岡はお互い打撃を軸に達戦い、北岡は何度かくらいながらも、一ノ瀬の攻撃の癖をつかんでいく。


 一ノ瀬は、コンビネーションの始まり、あるいは終わりに右のミドルを使用することだった。


 あえて、ガードが脆い右を攻めないのは、カウンターを警戒しての行動、また、左手を守りで使わせばあの、切る肘を封じる事が出来ている。


 一ノ瀬のダメージはないが、スタミナが切れてきているのか呼吸が荒くなってきている。

 逆に北岡はスタミナがあるが、打撃のダメージが蓄積していく。


 (まだか)


 北岡は、考えた瞬間、一ノ瀬は一度バックステップで距離をとった。


 一つ短い呼吸、そして、一ノ瀬はまた、攻撃の支点となる右ミドル。

 ではなく、スイッチして左ミドルの動作を取る。


 北岡の裏をかく、一ノ瀬の罠、一気に試合を決定させる左ミドル、しかし、その初動作は遅く、北岡は脇を締めて身体を曲げるようにし、腹部に力を込める。


 幾ら消耗していたとしても、ガードの受けからの蹴りでノックアウトできる訳がない、勝機がここと思い、回避ではなく、耐えて、右腕の反撃で試合を終わらせる、北岡はそう思った。


 しかし、その蹴りは北岡の腹部を狙っていなかった、中段から軌道を変え北岡の顔面を狙う。


 ブラジリアンハイキック。


 北岡が序盤に使った技を今の今まで使用せず、最後の切り札に取っていたのだ。

 

 一連の単調なコンビネーションも、この打撃を活かす為の布石、一ノ瀬は最後の最後で策を使い北岡を罠にはめた。


 決まれば勝負が終わる。


 脚の軌道は完全に、北岡の顔面を捉えていた。


 一ノ瀬の蹴りが北岡に触れる、その瞬間、一ノ瀬は、糸が切れた人形のように、膝から崩れ落ちるように、地面に崩れ落ちる。


 右のカウンターが当たったのかと思う観客もいたが、北岡は動いてもいない。


 一ノ瀬の目は虚ろで、唇は紫色に変わっていた。

 チアノーゼ。


 その異変に気づいた、泰王は、立ち上がり、大声で叫ぶ。


 「試合を止めろ、勝負ありだ」


 審判は戸惑っており、神田はリングを、叩いて激を飛ばすが一ノ瀬は動かない。


 泰王はもう一度、一度進言する。


 「早く処置しないと死ねぞ」

 

 泰王の言葉に、審判は慌てて試合を止め、ドクターをリングに呼び込む。



 一ノ瀬の状態を理解し、北岡はその場から少し距離を取った。


 「危なかった、あと少しでも時間がかかったら、倒れてたのは俺でした。」


 「そうだね、予想以上に時間かかったね」


 

 一ノ瀬が倒れた理由それは、出血多量。


 「どんな人間でも血が多量に流れれば、意識を失うもの、それが打たれ強いとかデカいとか気合いでどうにもなる者じゃない」

 真田は予想した通りに試合が動いた事に笑みを浮かべる。

 

 理心流・血煙も同じ戦術であり、相手の血管を切り、守りに徹して相手を倒す、多人数でも使用できる理心流の技である。


 「偶然だが、理心流の技と同じだな」



 そして、タイミングが合えば再戦していたであろう櫂もまた、背筋に薄ら寒い物を感じていた、あれが再戦の隠し手である事は、明らかであった。


 「あの最速の右をおとりにされたら、流石に右の肘の対応は遅れるな、直撃じゃなくても、切られたら出血量では、普通の試合じゃドクターストップ、下手すりゃ俺も」


 その先の言葉は無かった、表の打撃選手が、裏のような戦いが出来るとはそれ程までに、北岡の技、戦法は予想外であった。


 


 リングの上では、一ノ瀬が担架で運ばれる、北岡はそれを見て勝ち名乗りをあげる。


 北岡は、手を上げて、声援に応えた。



 1回戦第7試合

 一ノ瀬 大地 対 北岡 兵衛

 勝者 北岡 兵衛


 ドクターストップ


 

 

 


 


 

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