第208話 あの日の経験
櫂は、北岡と以前戦った事を思い出していた。
偽名を使い海外で武者修行をしていた時を、強くなる為に努力をしていた。
慢心と周りから言われていたが、彼は、それぐらい自信の傲慢さがなければ上に上がれないと考えていた、表だけでなく裏も知り、それを自分の中で取り組む事としていた。
その時に、二人は出会った、柊木櫂と北岡兵衛。
ミャンマーの地元の祭りの一環で行なわれた奉納試合、そこで外国人でありながら、人気を得ていた男、それが北岡兵衛だ。
櫂は、その噂を聞いて興味を得た、強さとしてではなく『片腕での戦い方』だ。
自身も片手で戦う事になれば、それは必要な知識であり、それを、経験する事は、普通できない、櫂が北岡と戦うのはその為だけだった。
はずだった。
野外で行なわれた奉納試合、観客は地元の人間だけであり、試合は夜に行なわれた。
明かりは小さな照明、リングも通常より狭い。
櫂は、1ラウンドのみ様子を見て、その後は試合を終わらす事にしていた。
試合が始まった時に、それは間違いだと、櫂は知る事になる。
左手を主とする攻撃は、櫂を驚かす程、速く重かった、片手であっても、両手と変わらない、嫌、それ以上であった。
1ラウンドは、元々そのつもりだったが結果、手を出す事は無く終える。
しかし、次のラウンドからは違った櫂は、攻撃を繰り出す、そこでまた驚いた、北岡の守りの旨さを、一体どれほどの鍛錬と信念が隻腕の彼をここまでにしたのかと、櫂は笑みを浮かべた。
北岡も同じ気持ちだった。
異国の地で同じ日本人と戦い、若いその男の実力に笑みを返す。
これは神に捧げる戦い、北岡と櫂は相手を倒す事ではなく、隠し手を出さずに自分の実力を試した。
結果は、3ラウンドを終えての引き分け。
しかし、櫂は、全力で戦っても倒しきれたとは思ってなかったし、それは北岡も同じであった。
互いの隠している物の存在がそう思わせた。
(こんな所でさらけ出す訳にはいかない、今回の目的は片手での戦い方、それは、学べたんだ、良しとする)
(天才というのを始めて体感させてもらったが、驚いたな、次会う時もまたリングの上で再開する事になるだろう)
言葉にならない思いを経て、また時は、バベルトーナメントに戻る。
北岡は、一ノ瀬に櫂を重ねない。
櫂は才能もあり努力をする天才であった、しかし、一ノ瀬は体格と才能は桁外れだが、それを運用する努力を見られなかったからだ。
「才能だけで、勝てる程甘い世界ではない」
北岡は、全身に力を入れ、整えた呼吸から再度攻撃を再開させる。
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