第209話 偽物と本物

 眼の色が変わった北岡はまるで別人のようであった。

 左を少し前に出し、相手の出方を伺っているようにも見えたが、直ぐ様踏み込み左のジャブで一ノ瀬の右肩を叩く、戻りが速い。


 直ぐ様、顔面にジャブを2発、否、3発叩き込む。


 身を引くくし、左ボディで腹部を捉えてからの左アッパーで顎を打ち上げる。


 速い攻撃を耐え、一ノ瀬は守りの弱いと思われる右側を攻める。


 左のストレート。

 しかし、虚しく空を切り、代わりに右のフックを顔面に食らう。


 技術が圧倒的に違う、借り物であり、尚且つ体格にも合わない石森のコンビネーションで、北岡に対するには余りにも無理な話であった。


 しかし、一ノ瀬は構わずと、左右のフックを繰り出すが、また、それは、カウンターを食らう結果だけであった。


 「一ノ瀬、一旦距離を取れ」


 思わず、セコンドの神田が声を荒げる、打たれ強い一ノ瀬といえ、タイミングが合えばカウンターで意識を切られかねない、打撃でノックアウトする可能性があるのは、カウンターのみ神田は思っていたからだ。


 その声に、一ノ瀬は半歩下がる、神田の声で下がったのではない、近距離で攻撃が見えてないと判断し、見易いように半歩下がったのだ。


 しかし、北岡は逃さない。


 左の三日月蹴り、北岡の蹴りは、一ノ瀬の右の脇腹を的確に入れる。

 一ノ瀬は、息がつまり一瞬動きが止まる、返す左のジャブでまた顔面を叩く。


 ダウンは、しない。


 右のミドル、そのまま右のローキック、そして、また左のミドルキックで腹を攻める。


 先程のローキック一辺倒とは打って変わって、華麗な脚技に観客からも歓声が上がる。


 

 観戦している比嘉も笑みを浮かべる。

 

 修羅天外も阿修羅もその強さに、集中して試合を観ている。

 「あの体幹の強さはなかなかだな」

 「かたうででも、このトーナメントに参加してるんだ、よわいわけはない、とはおもったけど、ここまでとは」


 阿修羅は自分の怪我をしている右腕のギブスを見てから、また試合に目をやる。


 阿修羅は目が丸くなる、一ノ瀬が、修羅の技の『虎殺掌』の構えを取ったからだ。


 しかし、北岡は意に介せず、前蹴りをし、技の発動を止めた。


 「今のはお父様」

 「あの一ノ瀬は、技をコピー出来るようだが、お前も知っての通り虎殺掌は、ただの猿真似じゃ使いこなせない、技を表面だけ真似ても意味はない」


 一ノ瀬の虎殺掌を崩したが、それに気づいたのは何名かだけで、ほとんどは、一ノ瀬がただのタックルをしようとしたと思っていた。


 気づいた櫂もまた、一ノ瀬の限界に気づき始めていた。


 「技は本質を見極め、それを自分の体格や性質に合わせて落とし込む、そして何度も使い、自分の物にするんだ、このトーナメントに参加している猛者達の技見てくれだけで真似できる者じゃない」


 

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