第200話 甘さ

 「何故追撃しないんだ」


 一之瀬は、絶好の機会で動かない上総介を不思議に思っていたが、その一之瀬の対戦相手の北岡は少しだけ理解した。


 中腰の相手に打撃の得意とするものが追撃する場合、蹴りを選択する。

 しかし、中腰の相手に効果的にダメージを与えられる部位は限られる、つまり、相手が誘っているなら捕まえられ倒され、寝技に持ち込まれる。


 北岡も『見』を選択するだろうと見守るが、上総介の考えは別であった事は次の展開で判明した。



 上総介は、構えを解いて、山本に声をかける。


 「その拳では満足にもう戦えまい、試合を棄権したらどうだ」


 まさかの試合放棄の提案に、山本の口元が緩むが、上総介からはその笑みは見えない。


 (とんだ甘ちゃんだな、拳を潰しただけで勝ったつもりか)


 セコンドの牛山にも、上総介は提案する。


 「これ以上は、無駄に身体を痛めるだけじゃないですか、この試合の後も、あと数試合ある、無理して、ここから勝ち進むのは不可能だ」


 牛山は、サードロープを強く握りしめる。


 山本の得意戦術は、相手を削る戦い、対打撃にはまずは腕を殺し、組み技で締め倒す予定であった。


 山本は、打撃よりも組み技を得意としており、相手を執拗に絡める絞め技、それが本来の山本の実力、それが、隠し手であり、切り札でもあったが、利き腕の指を破壊されたのだ、勝ち目は大分下がったと思っていた牛山も心の中でほくそ笑む。


 (間抜けめ、命のやり取りの戦いでこんな馬鹿な提案をするとは)


 山本は、その間に自分のダメージを計算し、立ち上がる。

 手の骨が砕けて、掴む事も拳を作ることも出来ないが打撃のみなら、問題なし、砕けた左拳は握らず、掌底で構える。

 

 (私のコンビネーションに対応できている訳ではなかった、打つ場所がわかったから、対応できただけだ、片腕でできる組技は限りはあるが、今はそれを出さずに勝ち進む)



 山本の続行の意思を見て、上総介も構える。


 お互いの思惑の中戦いは、続行される。

 


 

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