第199話 鉄拳

 試合が始まり、一方的な展開が続く、上総介は山本の一撃を待っている訳ではなかった。


 何発か攻撃くらった後に、上総介は大きくバックステップで距離を取る。

 下手くそなバックステップに、山本は問題なく、左のジャブで手を出しながら距離を取る。


 それに対し、上総介も右の拳を強く握りしめ、山本に対して、反撃を試みる。


 手を出してるが身体から距離があり、山本も自分の打撃が先に当たるその後に、回避でも問題ない山本はそう考えた。


 上総介の拳は、山本のある部分を狙っていた、距離は離れている、しかし、唯一、山本が自らさらけ出す部位。


 それは、拳であった。


 拳と拳がぶつかり、周囲に大きな破裂音が響き渡る。

 

 衝撃音の後に目にしたのは、指の関節が反対に曲がる砕かれた山本の拳であった。


 山本の拳を見て、観客から悲鳴が漏れ、秦王は笑みを浮かべていた。

 「高い攻撃精度が仇になったな」



 この展開に、苦虫を潰した顔をしたのは、ボクシングの石森とセコンドについていた櫂であった。


 「覇道選手は、早いジャブに拳を合わせるなんて曲芸を狙ってたのか」


 凄い事なのかとあまり理解出来ていない涼香はコソコソ、武田に訊ねたが、狭い部屋、聞こえていた石森が答える。


 「打撃に打撃を合わせるなんて、普通はしないし考えないからね」


 櫂は付け加える。

 「相手の打撃の威力が乗る前後なら、戦略としてはありだし、それなら自分の拳も守れる、しかし、今覇道がやったのは、威力の乗るインパクト瞬間に合わせて行った、普通なら自分の拳も砕けるそんなのは馬鹿のやる事だ」


 「じゃあ、覇道選手の拳も」


 そう言って画面を確認すると、上総介の拳は無傷であった。


 「若の拳は、鉄拳、拳同士が当たれば砕けるのは相手の拳のみ」


 武田は呟く。



 リング上は、山本は後方に下がり、片膝をついて自分の拳を見てダメージを確認する。


 小指と親指以外の指は反対に曲がっている、指を折られた事はあるが、拳で折られた事は初めてであった。



 上総介は、追撃せず『残心』を行い、気持ちを落ち着かせる。


 


 

 

 



 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る