第198話 疫病神

 体重が乗っていない打撃でも、何度も同じ場所に当てる事で赤く腫れも見えてきた。


 (こんなのは、痛みにも苦痛でもなんでもない)


 上総介は、相手の動きを観察する、物事は一瞬で決まる、打たれながらも上総介は間を計っていた。


 (俺を倒すなら一撃を狙うべきだ。こんな打撃では心は折れない)


 

 山本は、打撃を一旦間を取るため、後に下る、あえて遠距離、蹴りの範囲へと移動、上総介の蹴りを誘う。


 (打ってこい、この間合いなら突き放す前蹴りが、流れを変える中段蹴り、あるいは一発を狙った上段蹴り、左右どちらでも対応できる)


 山本の拳は少し開いている、蹴り足を取る事を意識している事に、何名かのトーナメント参加者は気づく。


 芽郁も手を開いている事に気づいたが、問題なく蹴りを行うべきと考えていた。


 (前蹴りを掴まれても、そのまま顔を狙って突きを当てられる、額で受けられなかったら、流れを呼び込める)


 

 

 山本、上総介お互い一拍、呼吸を置いた。


 芽郁は何故蹴らないかと疑問に思い、他の選手も蹴らない事を不思議に思い、ある選手は組み技を恐れたと思い、ある選手は腰が引けているのかとも思った。


 (攻撃の隙を狙っているなら無駄だ)


 山本は、再度自分の間合いに入り、左右のジャブで上総介の腕の同じ部分を削りに行く。


 この試合を観戦し、数少ない山本をタイクーンとしてみている前田は秦王の席に座り、このタイクーンについて語った。


 「あのタイクーンは、疫病神って呼ばれてるんですよ」


 「疫病神」

 秦王は、目線を変えずに聞き返した。


 「タイクーンの闘いは削る闘い、相手の勝ちの芽を少しずつ刈り取り、身体だけでなく少しずつ心も削る、一撃で倒す事はしない、相手の反撃に対応出来るように本気では打ち込まない、素手での打撃ですから、ちょっとずつでも、相手を沈める事は出来ます」


 「時間もかかる、盛り上がらない試合、奴が、疫病神でAクラス止まりの理由か」


 生き抜く為にリスクを負わない山本、隙もなく攻撃を続ける。


 

 

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