第174話 間一髪

 鞍馬の身を削るフックは空を切った。


 工藤は、避けたというよりは、後ろに飛んでなんとか逃げたといった感じで、自軍のコーナーによりかかる。


 今の回避で、少し安堵したのか工藤の集中が途切れる。


 工藤は、セコンドの梓に話しかける。

 「危なかった、少しでもズレてたら終ってたよ、気づいてくれて、ありがとう、アズアズ」


 「うん、脚の動きでわかった、油断大敵だよ」


 梓がいなければ致命的な攻撃を食らっていた、工藤は梓が一緒で良かったと思いながらも今の状況を考える。



 右腕の骨を外した、後の攻撃は左腕のみ、あの単調の攻め、蹴りはない、タックルすらない、レスリングという枠組みだが、格闘テクニックはない。


 「最善策は、もう片腕を極める事」


 工藤の言葉に梓も頷く。


 「私もそう思う、本当は脚を外したいけど、リスク大きいから、それが今の『私達の合気』で出来る戦いだね」


 

 鞍馬はまだ動かない。


 観戦している比嘉は、秘書の前田に伝える。


 「もし、両腕の骨が外されたら試合を止めるぞ」

 

 前田は、比嘉の顔を見る。


 「ドクターストップですか」


 「ああ、本来ならセコンドは選手の命を預かる生命線であり、ボディガードだ、だがあの鞍馬のセコンドは鞍馬の命などどうでも良いと思っているのだろう、流石にそれは捨て置けない」


 何でも有りとはいえ、薬を使用させて死ぬまで戦わすのはナンセンスと比嘉は思い万が一に備え前田に伝える。


 「それと、ドーピングの件で多数の選手から異議が出れば鞍馬は不戦敗だ」


 前田は、それはそうだと思い試合の続きに目を移す。


 (表向きには応援できんが、私達の父の為の戦いだ、七ハ、無様は通せんぞ)



 短い呼吸の後、鞍馬はまた天を仰ぎ大声を上げる様子を見て、治験時、薬の効果は5分ほどだったが、その時の対象者よりも鞍馬の方が大きい、効果はまだ持つだろうと判断した。


 (薬の効果は百から零になるタイプではない、今ならまだ勝敗はわからない)


 動かない鞍馬を見て、工藤は自ら仕掛け事を決める。

 薬をどのように使用さたかわからない以上、待っても有利になる事は工藤はないと判断したからだ。


 「梓、勝ってくるよ」


 そう言うと、工藤は足早に間を詰める。

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