第167話 終われない

 一瞬の油断、鞍馬の左のストレートは、工藤の顔面をガードの上から捉える。



 直撃ではないが工藤はよろける、かろうじてダウンは免れるが、その光景は力量差を感じるには十分であった。


 追撃。

 

 二人の頭に同じ文字が浮かび上がる。


 鞍馬の右手は、工藤の首を捉え、右腕の腕力だけで工藤の身体を抱え上げ、その光景に歓声が漏れる。

 工藤が返す手をする先に、鞍馬は渾身の力で工藤の全身をリングに叩きつける。


 背中と喉に強い痛みを感じるも、工藤は直ぐ様立ち上がる。

 

 寝た状態では、不利なのは自明の理。


 鞍馬は、間を止める事はなく、一気に左のフックを顔面にめがけ繰り出す。


 大振りの攻撃、簡単に避けられる筈だが身体が上手く動かない。


 (まずい)

 そう思うと同事に大きな破裂音とともに、工藤の顔面が大きく振られる。


 

 その光景は試合の決着を思わせる、工藤はよろけロープに身体を預ける。


 鞍馬は、一度様子を見て、工藤を見る、手応あり、自分が有利と思い、ほくそ笑む。


 鞍馬は、再度身構えてから、追撃を行う。


 工藤は、回復をしておらず、返す事はできないがなんとか回避をする事で時間を稼ぐ。


 先程の攻撃は直撃したかに見えたが、天性の感で上手く避けれていた。


 何発かは回避できたか、いつくかの打撃は喰らってしまう。


 (まずい、まずいぞ)


 工藤は、そう思い、打開策を考えるが、思いの外鞍馬の圧によい案は浮かばない。

 

 そんな中、鞍馬の右のアッパーが顎に捉えるられる。


 膝から、力が抜け、工藤はリングに倒れ込む。



 歓声が上がり、鞍馬は両手を上げ、歓声に応える。


 「甘いな、せっかくのチャンスを」


 試合を観ていた比嘉は、ほくそ笑む。


 コーナーに戻る事によりダウンカウントが始まる。


 ほんの数秒だが、回復の時間が増える。



「ジュン、まだ、終われないよ」


 半分途切れかけた意識は、梓の声援で僅かに取り戻す。

 (そうだ、まだ始まってもない)


 工藤は、片膝を突き立ち上がる。


 立ってもやられるだけ、誰もがそう思っていた、工藤は、痛みで少し身体の緊張が解れ、緊張から解放された為に周りがクリアに見え始める。


 (俺には、俺達には示さないといけない事があるんだ)


 


 


 


 


 

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