第160話 出直し

「俺は、負けたのか」


 熊殺は、片膝をついた状態で呟く。

 カウントは20を数えた、ルール無用の戦いであっても、その勝敗にはルールがある。


 ダウンカウント20までに戦闘の意志を示さなければ、敗北。


 熊殺は、脚を折られているが心は折れていない。


 リングサイドにいる審判に注目が集まる。


 審判は、マイクを手にしアナウンスを行う。



 「ただいまの試合、熊殺選手のダウンカウントによるノックアウト負けの判定になります」


 立ち上がる事が出来ていないので、当り前といえば当たり前なのだが、観客は心の何処かで続行を期待していた。

 


 熊殺は項垂れ、敗北を受け入れる。

 

 矢野は、少し遠い間で熊殺の健闘を称える、距離は、詰めない、試合が終わったからといってかかってこない保証はないからだ。



 熊殺は、セコンドの鉄矢は肩を借り、リングから降りる。

 「胸を張れ、悪くない戦いだった、歯車が少し違っていればお前が勝ったさ」


 何も言葉を返さない熊殺に鉄矢は続ける。


 「二人で出直しだ」


 熊殺はその言葉に大きく頷き、控室に戻る。

 その姿に惜しみない拍手が送られた。


 1回戦第5試合

 矢野 虎次朗対 熊殺 鉄矢


 勝者 矢野 虎次朗


 


 櫂はその光景を見て、悪戯な笑みを見せながら呟く。


 「表の実力者が裏も知ったか、これで矢野は準決勝は確定だな」


 「やはり、思うか、やっぱり予想外は起きないのか」


 石森の返しに櫂は答える。


 「裏の戦いも熟知した柔道無差別級の覇者の相手は、ドーピングだけの素人か170満たない二十歳そこそこの合気道家だぞ、二人がローテーションで戦っても勝機はない」


 「言い切ったな」


 「それは、言いきるさ」


 勝負に絶対はない、それを熟知している櫂で合っても、第6試合の2人は明らかに見劣りしている、それは、櫂だけではない、他の選手の共通認識であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る