第159話 一瞬の技

 熊殺の上段蹴りは、肩口を狙い、脚を掴む事も困難にさせる。


 熊殺は、組まれる事を警戒しての打撃は、経験済み、しかし、矢野には初めての経験。


 (やはり、対打撃のスパーは必要だったんだ)


 林は、目の前でサンドバッグになっている、柔道界の至宝を見て後悔する。


 林は何度か進言したが、矢野の答えはいつも同じだった。

 「柔道の技術が劣ることは無い」


 無理にでも、対打撃を対策させておけばと、拳を握り締める。


 そんな中、熊殺の打撃は止まらない。

 脇腹へ右の鉤突き、左の手刀で首筋、腕だけでなく脚も使い、下段への攻撃、お互いの体力勝負とも思えた、次の瞬間。


 攻撃の僅かな隙間をついて、矢野は組みつく。


 崩してからの投げ、熊殺は両足に力を込め、崩しに対抗、そこから一撃を入れるつもりであったが、矢野は崩しを行わない。




 矢野は、飛びつき両足で首に巻きつけて、力を込め締め上げ、三角絞めの体勢をとる。

 矢野が、力を込めると、熊殺は立った状態であったが、力無くゆっくりと膝をつく。


 まさに一瞬の出来事であった。



 力ではない、技術での絞め技、抵抗するできずに熊殺は倒れ込む。


 矢野は技をときゆっくり、立ち上げる。


 「投げ技だけじゃない」

 阿修羅はそう呟く。


 皆が華麗な投げに意識を持っていかれたが、柔道には絞め技、極め技がある、矢野は柔道の技だけで、熊殺を制圧した。


 意識を失った熊殺に対し、矢野は右脚を掴み、捻るようにし、関節を外す。


 痛みで意識覚醒させるが、矢野は素早く後方に付き袖車絞めでまたしても、捉える。


 意識を覚醒しても、状況を把握する事も出来ずにまた、落とされる。


 ここまでの技術があるのか、その高い実力に皆が息を飲み。

 


 落とした後に、矢野はニュートラルコーナーに行き、ダウンカウントを待つ。


 リングサイドにいるレフリーは、矢野がコーナーに接触をしているのを確認し、ダウンカウントが始まる。


 「ワン、ツー、スリー」


 電光掲示板に映しだされる、カウントをレフリーはマイクを使い会場全体に伝える。


 「フォー、ファイブ、シックス」


 ダウンカウントは進むが熊殺はまだ動かない、セコンドの鉄矢は敢えて大声を出さずに、現状を見守る。


 カウントが10を超えた時、熊殺は微かに動く。


 熊殺は、はっきりとしない意識の中で、思考を巡らす。

 今何をしているのか、何が起きたのか。

 目の前に臨戦態勢の男が1人。


 (あの顔を知っているたしか、柔道の金メダリストだ、俺はあの男とトーナメントで戦う予定だ、嫌、今戦っているのか俺は)


 カウント15


 ふらつく頭に活をいれ、拳をリングに立て力を込める。

 熊殺は考える。

 問題ない、頭はハッキリせずとも打撃で反応すれば時間は稼げるはずだと。


 カウント17

 

 カウントを確認し、立ち上がろうとする熊殺だが、脚に力が入らず、そのまま地面に前のめりに手をつく。


 違和感を感じ、脚に目をやると膝から下が反対に捻れている。

 (折れている、のか)


 アドレナリンが出て、痛みを感じないが、片足で立つことは出来ない。


 カウント19


 (まさか、嫌、まだ戦える)


 思いとは裏腹に身体を上げることは出来ない。



 カウント20


 電光掲示板に無情にも数字が浮かび上がり、試合終了を告げる。


 




 



 


 

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