第156話 消極的

 熊殺は、手を上げ、アップライトに構える。


 (世界最高峰の投げ、掴まれたら抵抗する暇もないか、なら掴ませない)


 熊殺は、右前蹴り、左下段、右上段蹴り。


 蹴りを中心に戦いを組み立てる、矢野は回避をし、間を測っている。


 重心が乗っていない、熊殺の打撃には威力がなくただ技を振っているだけだ。


 その事を多くの選手は気づいており、それに気づかない観客は、盛り上がっていた。


 遠い間での、攻撃、矢野を削る事を目的としても、矢野がタイミングを上手く計ればそれは、打開できる状況であった。

 判定があるのなら、有効な作戦でもあるが、これは、時間無制限の判定なしの試合である。


 

 (この間で戦えば、掴まれない、そして、掴みにかかるタイミングでカウンターをとれば)


 消極的とも思えるその戦法であったが、少しずつでも、体力を削っていく事はできる、しかし、それを面白く思えない男がいた。


 熊殺のセコンドの鉄矢は、サングラスを直し、タオルをコーナーに置き、試合をしている熊殺に語りかける。


 「熊殺、お前、舐めてるのか」


 熊殺の動きがピタリと動きが止む、両選手の距離があり、熊殺はセコンドの声に耳を傾ける。


 「一線を退いた俺を呼び寄せ、俺からもらった名前『熊殺鉄矢』の名で参加したトーナメントで、そんな戦い方を見せるつもりなのか、お前なに考えている」


 鉄矢の言葉に、熊殺は我に返る、何故このトーナメントに参加したのかを、そして、この名前で参加する意味を思い出す。


 『強い奴と思う存分戦いたい』

 『この名前で自分の強さを証明したい』


 背中を追った男、鉄矢と共にトーナメントに参加したのもその為だ。


 (一回ぶん投げられただけで、こんな俺らしくない戦いをしてしまうなんてな)


 熊殺は、自分のコーナーにゆっくり歩き、鉄矢の前に立つ。

 試合中で、相手に背を向け隙だらけになるが、矢野は攻めない。


 同じように自分のコーナーに一度戻る。


 「虎次朗、いいのか、熊殺は隙だらけ、今攻めれば確実に勝てるぞ」

 「構わん、勝つ事は、決まっているし、不意を打つような勝ち方は俺にはない」


 

 異例の試合の中断、波乱の試合展開となる。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る