第151話 女策士
身体の痛むが、心は満足そのもの岩田は、高揚感と満足感に包まれながら、控室に戻る通路を歩いている。
この試合の終わった後は、完全に格闘技から身を引くつもりであったが、櫂の示したセコンドという道に心が動いていた。
ふと、岩田が前に目をやると壁により掛かる一人の女性の姿があった。
シン・プロレスのシャツに下はジャージーの姿、レインボーカラーの髪色、レオのセコンドのメリッサであった。
岩田は、視線を逸らし、そのまま前を素通りしようとするが、メリッサが話しかける。
「悪い試合じゃなかったんじゃねーか、パーツが上手くはまってたら、案外どう転がったかわかんないんじゃないか」
岩田は歩みを止め、メリッサを見る。
「たしか、レオのセコンドの」
「メリッサだ、初戦敗退は残念だったな、あそこまで対石森を研究してたのにな」
メリッサは、岩田の前に立ち、怪しい笑みを浮かべる。
「どうだ、お前なら、石森が対異種格闘技にどのように、考えてるのか、現状で行う最善の戦術、その知識、私たちに貸してくれないか」
岩田は応えない。
「勿論ただとは言わない、試合前に対策を教えてくれたら先ずは百万、もし勝てればプラスで二百万まで用意するぞ、悪い話じゃないだろ」
岩田、ボソリと答える。
メリッサは、前のめりに耳を傾ける。
「もう少し大きく言ってくれなきゃ聞こえない、なんて言ったんだ」
今度はメリッサに聞こえるようにはっきりと伝える。
「ふざけるな、馬鹿野郎」
岩田にとって、石森はただの対戦相手てはない、尊敬し目指していた男、負けはすれ相手側につき、対抗するつもりは微塵もなかった。
ましてやお金の為に。
メリッサは挑発するように笑う。
「いいのか、一つ二つ喋るだけで、百万だぞ、兄弟達の学費はなんとかなるのかなぁー」
痛い所を突かれたが、それでも彼の心の天秤は傾かない。
無言で睨みつける。
「あんたが、言ってたんだけど、『ボクシングじゃ組技や総合には対応出来ない』って、それは、石森も同意見なの」
「あの人の、ボクシングは俺のボクシングとは違う、あの人なら異種格闘技戦も想定している戦い方がある」
ムッとして、反応する岩田に、メリッサは冷ややかに笑う。
「あのパンチ力の強さはかなりだが、私が見る限り、グローブを着けて致命打を与えるには、屈強な肉体を持つ選手達には無理じゃないか、少なくとも鞍馬あたりの選手にも通用しないんじゃない」
岩田は、自分の尊敬する男を下げられ、カッとなり、反論しようとする。
しかし、それは、岩田のセコンドの木梨が止める。
「やめろ、貴明君、乗せられてるぞ」
メリッサは、肩をすくめた。
「まったく、乱入して枠を掠め取った後は、選手の弱点を嗅ぎ回って、好き放題して、これ以上こちらに何かするなら、運営に言って、失格するように訴えるぞ」
「何の理由で」
「選手への妨害行為だ、少し過剰な対応になるかもしれないが、比嘉のプロレス嫌いと乱入で参加権も取ってるんだ、もしかしたら失格になる可能性はゼロじゃないぞ」
メリッサは、爪を噛む、期待値が上がっている選手を失格にする筈はないはずだが、『見せしめ』になる可能性もある。
「まったく、試合中は、置物みたいだったのに、試合終わってから生き生きしちゃってまぁ」
メリッサは、手を振ってその場を後にする。
「おじさん、すみません」
「気にするな、試合が終わって熱くなってる部分もあっただろ」
木梨は、岩田の肩を叩き医務室へと誘った。
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