第127話 思いの力
片閂の形で捉えた横綱は、勝利を確信する。
この体勢から、流れる事は出来ない、只の勝利なら、腕を犠牲する手も打てるが、この戦いは、本戦へのチケットに変える戦い、腕を犠牲にしてまで、勝ちに拘るとは思えなかったからだ。
腕を折る事には、躊躇はしないが、せめてもの情け、横綱は敗北を促す。
「この状況から逃れる事は出来ない、お前も腕を犠牲にしてまで…」
横綱はミスを犯した、もし、これが鏡花や修羅の戦い、バベルの本戦を見ていたら犯さなかったミス、死線を超える戦いを覚悟していなかったミスであった。
レオは、力比べをしていた時から、唇を強く噛み血を口に含んでいた、力比べの後の展開を考えていたからだ、そして、左腕を固定された瞬間、口の中の血と唾液を交え、横綱の顔面に毒霧を浴びせた。
予想外の攻撃、ダメージはないが咄嗟に顔を背け、捕獲していた腕が緩む。
直ぐ様手を引き抜く。
そして、右腕で延髄に肘を落とす。
前かがみになる横綱、レオは両手で横綱の腰に手を回し、横綱の顔を両足で固定し、上下反対で持ち上げようとし、パイルドライバーの形に持っていこうとする。
百キロ超の横綱、持てる訳はない、親方はそう思った、プロレスで相手を持ち上げるのは、持ち上げられる相手の協力があるから、重量を持つのと、人を持ち上げるのは訳が違うのだ。
前のめりの体勢に横綱も同じ気持ちだった、持てるはずがない、両足に力を力を入れ抵抗する。
膝に力が入らないとはいえ、丸太のような脚の筋肉は並じゃない。
レオは、渾身の力を込めるが身体が浮くことはない、ただ悪戯に体力を消耗するようだった。
脳にも酸素が入らず、少し意識が朦朧とする感覚に陥る。
(プロレスラーの意地を魅せてくれるんでしょ)
(鍵をあける事しか出来なかったです、でも、扉に今鍵は掛かってないはすですよ)
(俺はプロレスラーが弱いなんて思ってないですから)
(情けない姿はみせるなよ)
ジュリア、アスカ、山田、デビル、同じレスラー仲間の声が頭の中から聞こえる。
横綱の身体が少し持ち上がっていく。
(レーオー、レーオー、レーオー)
今度は、頭の中からファンのコールが聞こえ、レオは、自分の筋肉がバンプするのを感じた。
雄叫びと共に、横綱は上下反対で身体が浮き上がる、親方は眼の前の光景が信じられなかった。
まるで出来の悪いCGを見せられている気分、2メートル100キロを超える大男が持ち上げられているのだ、信じられる訳はない。
持ち上げたと同時に、レオはこのまま首から叩き落とす事は、横綱の首に今後にも関わる致命傷を与える事を危惧した、角界を牽引するこの男を、自分の我儘に付き合ってくれたこの男をできれば、まだ戦いの舞台で活躍して貰いたいと思った。
レオは抱え上げた横綱を仕留めるその一撃に矛盾した思いを込める。
(死ぬなよ、横綱)
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