第124話「ライジング・レオ事件」 後編


 結果プロレスの人気は終わり、レオは、引退。

 亘の娘の手術は成功した。


 レオ倒した男として、一躍時の人となったが、期待値の高さと実力が伴わず、試合に勝つ事が出来ず、次第に世間からすがたを消した。



 本人も期待されている事のプレッシャーが自分自身を押しつぶす事になり、引退した。


 そして、十年の月日が経った。


 プロレスの人気の復活と二代目レオの活躍を聞いて、亘は少し胸を撫で下ろしていた。

 プロを辞めて、営業の仕事をしている彼は、マスコミに追われる事もない。


 初代が抑え込んでいる事もあったが、レオの関係者が亘を影から守っている事もあった。


 軽い食事をして帰り道、亘は1人の青年に話をかけられる。


 まだ10代に見える彼は、端正な顔立ちをしており、まるでモデルのようであった。


 「わたるさんですね。」


 髪を後に止め、彼の着ている白いジャージには血がついている。


 「ボディーガードもついてるなんて、よっぽど警戒してるんですね、でも、もっと強い人がいいですよ、あれじゃあ、ウォーミングアップにもならない、俺の名前は、櫂っていいます、良かったら貴方の強さ見せてくれませんか」



 櫂を名乗る青年は、亘に対してそう言ってをグローブを投げ渡す。


 冗談じゃない、亘はそう思った、引退して何年も経っているし、まともに身体が動くとも思えない。


 この手の相手は、過去に何人かいたが、全てレオの腹心が片付けていた。


 しかし、ここ数年こんな事はなかった、どうする走って逃げるか、亘は逃走を選択し、後退りをする。


 「ああ、誤解しないで、『戦う』訳じゃないです、少し俺に対して攻撃してほしいだけで、こっちからは攻撃しないです、約束します」


 そんな事を言われても、亘は本心で相手をしたくなかった。


 「せめて、一分だけ、もし逃げても追いかけますし、やるまで何日も張り付きますよ」


 身勝手な若者だ、亘は仕方ないと諦め、スーツの上着を外しグローブを着ける。


 「一分だけだぞ」


 軽くフットワークを取る。


 久しぶりな感覚だな、そんな事を考えていた。


 (本当にこの人が有名なレスラーを倒した男か、全くオーラを感じない)


 しかし、敢えてオーラを消しているのかもと思い、油断はない。


 現役を引退しているとは、いえ何かその強さの骨格を学びたかった。


 間を詰め、ジャブ、ストレートと攻撃を繋げる、しかし、ジャブとストレートの攻撃がコンビネーションとして成立していない、明らかにテンポが遅い。


 櫂は、難なく避ける、嫌逆に遅すぎて変な力が入ってしまう。

 何度かのジャブ、ストレートに付き合い、あえて間合いを外す、亘は、経った数発の攻撃で息が上がっていた。


 (まじかよ、俺もしかして時間無駄にした)


 櫂は明らかに不満そうな顔を見せ、それを見た亘は少しカチンときた。


 (だから、言っただろうが、勝手に期待して、勝手に失望しやがって)


 どうせならと思い、亘は現役時代の一番の武器の右のハイキックを繰り出す。


 このハイキックが亘の格闘技人生の唯一の誇りだった。


 櫂は、今までの間の抜けた攻撃とは違う、覇気を感じ、あえて避けずにガードを上げその威力を確かめる。


 (これが、レオを沈めたハイキックか、現役を退いてもこの威力)


 亘は、打ったは良いが、勢いについていけずバランスを崩してしまう。

 とっさに、櫂は服を掴み倒れるのを止めようとするも、自分の腕が痺れているのに気づく。


 結果、亘は尻もちをついてしまう。


 櫂は手の痺れを確認しながら思う。


 (現役を離れているから評価は難しいが、コンビネーションの繋ぎのセンスはないな、ハンドスピードも素人、スタミナも無さそうだ、でも、最後に出したハイキックは一級品だな、レオを倒したのは、ラッキーパンチ、嫌、キックだからラッキーキックって所か、あの威力ならタイミングがあえば重量級でも倒せる)


(ただ、受ける力を基礎の力としているプロレスがラッキーでも打撃で倒されるとなると、やっぱりプロレスラーは俺の『最強』からは除外だな)


 櫂は、笑みを浮かべ、尻もちをついていた亘に手を伸ばした。



  「ありがとう、最後のハイキックは流石でした、勉強させてもらいますよ」


 

 亘は何も言わず、手を掴み立ち上がる。


 脱いだ上着から携帯の着信音がなり、それを拾いにいく。


 櫂はもう一度礼をし、その場を離れた。

 電話を取ると、相手はレオであった。


 内容としては、亘を嗅ぎ回っている男がいる事、その為に何人か腕に覚えのある者を護衛につけたが、その者達から連絡が途絶えてしまって、心配し連絡をしてきた旨が伝えられた。


 「その件なら多分もう大丈夫ですよ」


 亘はそう言って、まだ荒い呼吸を抑え込んだ。



 そして、電話切ると、待受には娘の高校入学の家族写真が写っていた。


 プロとしてしてはいけない八百長を受け入れてしまい、その為にプロとして終わり、忘れた頃にもまたその為にトラブルに巻き込まれる、しかし、後悔はしていなかった。


 娘の手術の治療費だけではなく、海外から1流のドクターも連れてきてもらい、その後のケアもしてくれたレオには感謝しかなく、また、本人からは何もないが、家族を守ってくれている事も痛感していたからだ。



 亘は、娘に電話する。


 「涼香か、お父さんちょっと遅くなるから、先に母さんと夕飯食べててくれ」

 

 一躍時の人となり、世間を騒がせた、安里亘は、自分が選んだ選択、娘の為に選んだ道に一切の後悔は無かった。

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