第123話「ライジング・レオ事件」 前編

※本編のレオ対大竜関とは、直接関係ない前後編です、前後エピソードの後に戦いの話は再開です。





 まったく、なんでこんな事になってしまったのか、それが亘の本音であり、心境であった。


団体競技が苦手なのと、近くにジムがあっただけでなんとなく始めたキックボクシング、何にでも平均的な彼であったが唯一だけ、才能と呼べるものがあった、それが


サンドバッグに撃つ右のハイキックだ


試合用ではない、タダ動かない的に撃つハイキックだけは、彼が只者じゃないと感じさせた。



なんとなく始めたキックは、彼の真面目さもあり、20歳を超えた時にプロデビューする事となる、何かを熱中しないと冷めた大人になってしまう気がするのがプロになった理由だ。


プロデビューして、3試合、一勝二敗、いつもの様にサンドバッグを叩く、得意の右ハイキックは稲妻の様な音を立てる。



それを見ていた、男が亘に白羽の矢を立て、事務所に呼び出す。



「試合いいですよ」

「対戦相手は、同じキックじゃないんですか」

「えっ、困りますよ、というか俺じゃないって絶対に」



 亘は、呼び出された事務所で対戦相手の名を聞いて目が眩んだ。


 ライジング・レオ。


 プロレス界のレジェンドにして絶対王者、最近異種格闘技が流行っているのは知っていたが、それはどこか自分に関係のない話だと思っていた。



 プロレスが強い事の証明に当て馬にされた、亘はそんな気持ちだったが、ファイトマネーの話で心が決まった。


 百万円の札束が彼の心を決定させる。


 幼い娘のいる彼の生活は、余裕のある物ではなかったし、この試合を最後に負けてプロを辞めるよいきっかけとも思えた。



 亘は2つ返事で試合を飲んだ。


 (怪我には気をつけよう、絞め技でくるはずだから決められたら直ぐにギブアップをしよう)


 そう考えた。



 亘は、自分の人生で劇的な事はそう起こらないだろう、そう思ったが、そうでは無かった、もう一つは最悪の出来事であった。



 妻沙耶香からの電話が世界を暗くした。


 内容は、最近調子が悪かった娘が検査した結果が重い心臓病だとわかったのだ。


 詳しくは全く頭に入らなかった。


 しかし、試合をすればとりあえずお金は入る、幾らかかるかわからないが、それでも少しは足しになるだろうと考えた。



 その出来事から1週間後、ジムの会長から呼ばれ都内のホテルへと足を運んだ。


 試合に向けて集中しないと行けなかったが、心と身体一致しない。


 その様子を感じ取られ会長から、試合の話を白紙にされる亘はそう思った。



 (この試合がなくなれば、お金はどうすればいいんだ、親、親戚から借りるしかないのか)


 そんな事を考えながら、頭を抱えながら、ホテルの部屋で待っていた。


 部屋が、ノックされ1人の男が入ってくる、項垂れていた亘は顔を上げ、椅子から立ちあがる。

 亘は、一瞬身体が強張った。


 獅子をモチーフに、口元が開いたマスク、縦に銀のラインが特徴のマスク。


 その男は、会長ではなく、ライジング・レオであったのだ。


 レオは、一礼し、座るように促すと、また自分もソファーに腰掛ける。



 「時間をもらってすまない、なるべく手短に話を進めさせてもらうよ」


 年齢を感じさせる肉体だが、不思議と独特のオーラを纏うレオに圧倒される。

 

 レオは突然、札束を一つ、テーブルに置く、そして一言言葉を発する。


 「単刀直入に言う、『八百長』の提案だ」


 亘は眉をひそめたが直ぐに理解した、普通に戦っても勝てる可能性はあるが、より確実にする為の保険という訳か。

 これが、一流のやり方か、亘は格闘界の裏を少し見えた気がした。


 「まずは、ローキックと前蹴りで俺の勢いを殺してほしい、思いきりで構わないタックルを警戒する必要はないからな、俺はその2つで息が止まる風にするから、そのままサンドバッグ、いくつか単純なコンビネーションで、最後に君の得意のハイキックを繰り出してほしい」


 「時間は、そうだな、一分以内で決めてほしい」



 レオの提案に亘は怪訝そうな表情を浮かべる。


 「ハイキックですか、俺がですよね、というかハイキックで決めるって勝つって事」


 亘は自分が負けるのではなく、勝つ方の八百屋に耳を疑う。


 「ああ、そうだ、プロにこんな事を頼むのは、侮辱以外の何物でもないと思うが、こちらにも事情があってな」


 亘は予想にしなかった提案に思考が止まるが、それをレオは迷いと判断し、札束をもう一つ机におき、また言いづらそうに言葉を発する。


 「とりあえずは二百万、そして、娘さんの件だが」


 亘は、ピクリとし、レオを見つめる。

 一体何故知っている、何処まで知っている、レオの底知れない情報網に寒気を覚えた。


 「すまない、『知り合い』に身辺を調べさせてもらった、君の人となりを知らなければ、こんな話は出来ないからな、悪い話ではない、娘さんの手術とそれに伴う費用は私がもとう」


 亘は、断わる理由などない、自分にとってはメリットしかないとその時は思えたが、実際その選択はその後の人生を大きく変えることなってしまう。



 「わかりました、でも、本当にいいんですか、そんな事になったら世間が大荒れに」


 「それは、構わない、それも承知の上だ」



 そして、レオ事件が起きる事となる。

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