第114話 追撃

 天外はダメ押しに右の掌底で、九条の耳を狙う。


 鼓膜を潰そうという意思の打撃。


 痛みで九条は止まらない、間一髪で避け、逆に左のクロスを合わせて天外に反撃する。



 避けながらの打撃は、体勢が崩れている事もありダメージは殆どない。


 九条としても、ダメージというよりは、攻撃の流れを止めたかったのが一番だった。


 しかし、天外もその程度で止まることはなく、寧ろその反撃は、九条の窮地を呼ぶものだった。


 天外は、殴られながらも九条の左手を捕獲、自分の脇に挟み、脇固めの体勢をとる。


 完全に捉える事が、出来たが地面に叩きつける事は出来ず、立ち状態で九条は耐える。


 お互いの動きが止まり膠着状態となる。




 柔道の金メダリスト矢野虎次郎は、天外が掴みも出来る事を知るか、その技術の域は自分ほどではないと知る。


 「固めずに、体を崩して投げるべきだったな、頭から落としていれば終わっていた」


 セコンドの林は、それは金メダリストで重量級だからこそでる言葉と言い、また、天外の体格では難しいとも言い放った。


 「そうか、体格は関係ないと思うがな」


 

 九条は、体勢的に目潰しに行く事も、噛みつきも行えない、力で耐えるしかないが、単純な筋肉量なら九条が圧倒的に有利だ。  


 少しずつだが、九条の力に天外は圧倒されていく。


 (やはり、腕力では勝てんか)


 幾らか締め上げた後、天外は手を話し、間合いを取る。


 九条は締め上げられた腕のダメージを確認、そして、自分の鼻血を拭き取る。

 鼻血のせいで呼吸がし辛くなり、先程の連打は出来ない事を自分で理解する。



 そして、腕を方の方まで上げ、今までとは違う構えを見せた。


 (余力を残す必要はない、この『戦法』で今まで負けた事は一度としてない、お前の技も面白いし、まだ、幾つも技を持っているだろうが関係ない、技、戦法など強い一つあればそれでいいのだ)



 鼻血を流しながら、笑みを浮かべる異常な九条に、この戦いの大尾が近い事を天外は理解し、トーナメントの参加者、観戦者は緊張で手に汗握って見守っていた。


 ただ一人鞍馬を除いては。



 鞍馬は、控室で娘と一緒に絵を描いていた、第一試合の結果は関係者から聞いていたが、試合は見ていないし、今も見ていない、鞍馬はAブロックの試合が凄惨なものになる事を想像し、意図的に娘に見せないようにしていたからだ。


 娘には、怖い思いをさせたくない、鞍馬は大会の事よりも、娘の事で心がいっぱいだった。

 


  

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