第110話 泥沼

 単純な左右の連打。


 短くコンパクトにまとめた威力よりも連打する事に重点を置くような連打。


 何も考えずに心肺機能を強化する事を目的としたサンドバッグに打ち込むような連打。


 実践では、効果をなさないような連打であったが、この男、九条が行うと質が変わった。



 セコンドの扇はほくそ笑む。

 「天外終わりだ」


 天外は、直ぐ様守りを固める手打ちの連打、全く問題ないと思うが、そうではないと腕から伝わる。


 全身筋肉に纏われた九条の連打。


 単純な腕力がその威力を底上げする。


 (威力はあるがそれだけだ、守りを固め打ち疲れを狙う、せいぜい一分、長くて二分程だろう)



 天外はそう考えた。


 単純な打撃に、何か罠があるそうも思ったしかし、それは違った。



 九条の連打は、力を込めていないが破壊力があり、天外はガードを固めて打ち終わりを待つだけ、あえて守りの弱い所を作ってもそこに打ち込む事はなく、ただ単純にガードの上から天外を削る。



 違和感を覚えたのは、阿修羅だった、連打が終わりも勢いも変わらない。


 (無呼吸じゃない)



 天外も気づく、無呼吸で殴っていると思ったが、そうでは無かった。


 扇はほくそ笑む。


 (あの連打、小さく短い呼吸を入れている、あの男の肺は異常だ、あの短い呼吸で長時間動けるのだからな)


 単純な技だったが、効果は強い。



 観戦していた、天上院も、汗を掻く。


 (まさか、天外がここまで一方的)



 天外も、守りを固め次の手を考えている。


 (打撃が終わらない、相打ち覚悟で終わらせてもいいが攻撃を受けすぎた、ここで強いのを食らうと致命打になりかねん)


 

 このシンプルな攻撃に対して、相打ちで止められるのは、トーナメント参加者であっても体格が恵まれている一部選手のみ、天外はその中には入らない。

 

 5分経過。


 天外はもう一つミスを犯していた、それは、相手の攻撃を逃す為に後退していた事、結果として、コーナーに追い詰められてしまう。


 威力が逃げずに、痛みが身体に蓄積していく。


 速さからカウンターも取れない、脚技の事も頭にある、迂闊に動けない。

 結果として、ガードを固める以外の選択肢が取れない。


 「あれ、避けれるか」


 櫂は、石森に訪ねる。


 「連打が始まってしまったら、正直無理だな、初手を回避するしかないが、回避し続けるのも限界がある、せめて、狙い所がわかれば回避や反撃に転じれるけど、単純にガードの上からなら俺もガードを選択する」


 櫂も同意見だ、あんな手打ちのパンチをわざわざリスクを犯してまで、カウンターも回避はしない、連打終わりまで防御、終わり際に一撃当てる方が利口だ。


 「初見じゃなくて良かったな、もし、九条と当たるならあの『連打』はさせない、単純な手打ちでもカウンターを狙う方が良さげだな」



 7分経過。


 まるで、録画された映像のように、代わり映えのない光景がリングで続けられる。


 数合わせだと思われていた九条、天外の勝利を想像していた、多数の選手の大方の予想を裏切り、勝利の天秤は九条に傾いていた。


 



 

 

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