第106話 決着

 帝釈は、拳骨で数発殴った後に、手を掌底に変えて打撃を繰り出す。


 動きを固められている千菊丸は、無防備に顔面にくらい続ける。


 セコンドの伊藤は、タオルを手に取り試合を止めようとするも、千菊丸は指でそれを拒否し、その眼は死んでいない。


 逆転の手は殆どない。


 しかし、勝ち目はなくとも、そのまま勝ち進みをさせる訳にはいかなかった。

 勝ち抜けば次の相手は、指名手配されている可能性もある裏の格闘家と何者かもよくわからない格闘家、どちらも、信用できない。



 (万が一でも、総理に危害が及ばないようにしないと)


 千菊丸は四肢が動かせないが、残った武器がある、顔面に喰らった瞬間、千菊丸は口を大きく開けて帝釈の親指に噛みついた。


 マウスピースはない、咬合力を鍛えている彼が指を食いちぎる事は造作ないと考えたが、それは容易ではなかった。

 深く噛みつき、歯を食いしばる、時はかかるが無理ではない、千菊丸はそう考えたが甘かった。


 帝釈は、すぐさまもう片方の腕で中一本拳を作り、千菊丸の顎の蝶番を捻じるように打ちつける。


 噛みつきに対する手は既にもっていた。


 千菊丸の顎は外れ、噛みついていた手が離れた、千菊丸は痛みで意識が朦朧としている。

  

 帝釈も、両手が空いてがその分拘束が弱くなっている事を理解し、次の一撃で終わらすつもりと大きく振りかぶる。


 手動での延髄への一撃、命を奪いかねないその一撃は振り下ろされる事はなく、代わりにセコンドからのタオルが、千菊丸の首元に落ちる。


 『タオルの投入によるギブアップ』


 帝釈は、一撃を止め、間を外した。

 試合が終われば、無駄に攻撃するつもりも理由もない、試合に容赦はないが、試合以外で無駄に戦うつもりもなかった。



 力なく倒れている、千菊丸の横には伊藤総理とドクターが駆け寄る。


 一瞥し、自分のコーナーに戻る帝釈。


 期待していなかった大会だが、予想に反して自分の心が高まっている事に気づく。


 (こんなのが、まだ何人もいるのか、楽しめそうだな)


 一回戦第一試合、鏡花帝釈対乱破千菊丸


 勝者、鏡花帝釈。


 

 

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