第96話 阿部杏樹 その3
雨が振りしきり、春先というのに気温は下り、まるで冬のような天気であった。
居眠り運転のトラックは、バスの乗客の多数の命を奪う形になったが、マスコミの報道は亡くなった方たちよりも、ドラックドライバーの労働時間にスポットを当てられていた。
一仁は喪服を着け、葬儀に参加していた。
線香を立て、遺影を見つめる、自分の知っている杏樹とは少し違う大人の女性がそこに写っていた。
隣の遺影は、歳の離れた優しそうな中年男性が映っている、嫉妬の気持ちはなかったが、正直何故この人を選んだのかはわからなかった。
そして、もう一人つの遺影、匡が写る、ほんの何日か前にあったばかりというのに、もう会うことはないのかと思い手を合わせる。
一仁の両の目から、涙が溢れてきた、自分自身もまさかここまで感情が溢れるとは思わなかった、実の親が亡くなった時も泣くことはなかったからだ、そして、その涙で自分が、杏樹、匡とも好きであった事を認識した、もっと早くこの感情に気づけばとも思い後悔もした。
号泣した事にバツが悪くなり、少し人気のない場所へと避難した一仁であったが、その時に偶然、身内の話し声が聞こえた。
「まったく、歳上の人に騙されて子供身籠って」
「残った子供どうするの」
「内は無理よ、あの兄妹とは関わりないんだから、面倒みる義理はないよ」
「施設になるだろうな」
何人かの声が聞こえ、やるせない気持ちになった一仁の視線の先に、1人の女の子が座っていた。
暗い面持ちで地面を見つめていたその子を見た瞬間、稲妻が走った。
その子は、杏樹とそっくりでどう見ても娘だと直ぐにわかった、そして、位置的に親戚の話を聞いてしまっている事もわかった。
一仁は、ゆっくり近寄り膝をつき、女の子に話しかける。
「こんにちは、お名前は」
精一杯の気を遣い、話かけるが返事はない、親戚の悪態がまた、耳に入る、一仁はあえてそれが聞こえないようにまた話かける。
「雨いやだね」
会話が続かない、そんな時に、後方から女の子を呼ぶ声がした。
その声には配慮も優しさはなかった。
「おい、そんな所にいたのか、まったく、母親に似て鈍臭い、早くこっちこい」
親戚というオジサンは、喪服でもないカッコて面倒くさそうに言い放った。
女の子は肩を震えて立ち上がる。
その姿に、何かの糸が切れた。
「大丈夫だから、少し待ってて」
小声で伝えた、その子には聞こえたかどうかはわからなかったが、一仁は、杏樹が残したその子をほっとく事は出来なかった。
一仁は、その権力とお金の力で、半年後に養子として迎える事となる。
笑顔を取り戻すまでは、それから、まだ時間がかかったが、いつしか二人は本当の家族の様になる、そして、杏樹の娘『あんり』の強いパパが良いという言葉から鞍馬一仁は強さを追い求める事となる。
血の繋がりのない親子でバベルへ挑む事となる。
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