第95話 阿部杏樹 その2
卒業してから、数年後、一仁は同級生の何気ない会話から衝撃の言葉を耳にする事となる。
『杏樹が地元を離れて結婚した』
一仁は、その事にショックを受け、その時に初めて恋をしていた事を知った。
お金の力と自身の他より平均的に優れている能力からなんでも思い通りになっていた男が初めて味わった挫折でもあった。
その事は、一仁を予想以上に打ちのめし、引き込りの様な生活をする事となった。
それから暫くし、また彼の元に一本の電話が鳴る、それは彼の人生のその後を変えることになる電話であった。
木曜日の夕方、自宅のベットで横になっていた一仁は、着信音で目を覚ます、電話は何度か鳴ることはあるが、基本電話には出ない。
(誰かしらないが対した用じゃないだろ)
ワンコール
ツーコール
電話は、鳴り響く。
一体誰だ、そう思って、画面を見る。
阿部匡、一体何の様かはわからないが、電話にでる取るまでは、鳴り響きそうであったから、電話の向こうでは変わらない大声が聞こえる。
「久しぶりだな、すまないが、これからちょっと飯でも食べながら話しできないか」
一仁は、了承し駅の近くのファミレスに入る、匡は先に入っており、あの頃よりは脂肪がついたその身体と汚れた作業着は年齢を感じさせた。
「すまんな、今日は仕事を休みか」
「いや、仕事はしてないから」
「そうか、フリーターか、まだ若いから色々悩んで頑張っていけば、俺はいいと思ってるぞ」
一仁は、眉をひそめる、自分が親の遺産で好き放題している噂を聞いた事ないのかと。
「時間があるならちょうどいい、今日は頼みがあって連絡したんだ、俺の妹の杏樹覚えてるか」
一仁は黙って頷く。
「あいつ、結婚して別の場所で頑張ってたんだが、旦那が仕事を辞めたんで、地元に帰ってくる事になったんだ、娘もまだ小さいし、俺達は両親もいないから、俺が手助けしないとと思って」
「それでだ、一仁お前友達とか多いだろ、良かったら、一仁の遊び友達に入れて、連れ出してほしいんだ、旦那は一回り上だし、慣れない子育てに溜め込んでいないかなと、思って、頼むこの通りだ」
両手を合わせて頼む、匡を見て、無下には出来ない気持ちと、正直今の杏樹を見て気持ちの整理をつけたい気持ちがあった。
一仁は、2つ返事で返す。
自分にお金以外で誰かが頼みこむ事なんて経験無いことも、彼の気持ちを動かす要因でもあった。
「そうか良かった、俺は今日迎えに行って、明日金曜の夜行バスで、向かうから土曜日の朝頃にまた一度連絡するから」
その後は、他愛のない会話で時を過ごし、久しぶり胸の高揚感じ一仁は帰宅する事になる。
土曜日、珍しく、早起きした一仁であったが、しかし、朝に電話が鳴ることはなかった。
まぁ、そんなに慌てる事もないだろうと思い、テレビの電源を入れる、土曜日の朝のニュースは、朝方に起きた夜行バスの事故の様子を伝えていた。
居眠りしたトラックとの正面衝突、死者多数。
一仁は、血の気が引いていくのを感じ、目の前で起きている事は自分とは関係ないと言い聞かせていた。
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