第94話 阿部杏樹 その1

 「あなたって、薄っぺらいよね」


 鞍馬一仁が、初めて杏樹に言われた、言葉はそれだった。


 一人でいた杏樹に一仁が興味本位で話しかけた時に、拒否をするように言い放ちその場を離れた。



 何なんだあの女は、そんな事を思いながら、校内のベンチで一人腰かける一仁、不意に飛んできた缶コーヒーの空の缶が足元に落ち、履いていたパンツを汚した。


 「なんだ、一体」


 思わず呟き、飛んできた方向を見ると1人の男が申し訳なさそうに走ってくる。


 「すまない、間違えて蹴り飛ばしてしまった、汚してしまったか」


 タンクトップに短く刈り込んだ髪、一仁が関わりのないスポーツタイプのその男は、蹲り持っていたタオルで拭き取ろうとしていた。


 思いの外低姿勢の男に一仁は、戸惑いを見せ、辞めるように促す。

 「大丈夫だ、気にしてない」


 「とは言ってもな、そうだ、ちょっと待っててくれ」


 そう言うと駆け出し、しばらくし、缶コーヒーを2つ持って戻ってきた。


 いらない気を使われた物だと思いながらも、隣に座り一時を過ごす事となる。


 「自己紹介まだだったな、俺は阿部匡(たすく)4年だ」


 「鞍馬一仁、一年です」


 「そうか、今年の新入生か」


 2人話していると、知った顔が割って入る。


 「何してるの、お兄ちゃん」

 先程、別れた杏樹が目の前に立っている。

 「あっ、さっきの」


 目線の先に一仁がいるのを知り少し気まずい空気になるが、匡は気にしていなかった。


 「なんだ、二人は友達か」


 「「違います」」


 二人はハモって否定する、そのタイミングの良さに匡は苦笑する。


 「妹は、変わった性格だからな、仲良くしてやってくれ」


 「大きなお世話だから」


 杏樹は、腕を組んで拒否を見せる、一仁は、何も言わずに二人を見守っていた。


 (自分の周りにはいないタイプの人間だな)


 一仁はそう思っていた。

 


 それから、何度か交流を持つが特に深い関係を持つことはなく、大学生活を終える事となる。


 一仁自身も、卒業してから、杏樹の事を考える今年のは特になく、地元で自堕落なせいかを送っていた。


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