第84話 獅子と龍 その2

 大城刃は、沖縄で産まれ育ち、父が空手をしていた事がきっかけで幼少の頃より空手を嗜んでいた。


 大城の学んでいた空手は、『那覇手』と呼ばれており、比嘉の空手とは違っていたが、学生の頃に交流を持ち、比嘉を兄の様にしたう事となった。


 ベースの空手は違えど、総合格闘家としては師事をしており、比嘉も大城の才能には期待していた。



 バベルで勝ち進むのは難しいが良い経験になるだろう、そんな思いからから誘ったのだが、現時点、その為に枠を使えなくなった、しかし、本人もそれではなっとくしないというので、この場が持たれたのだ。



 始まりの合図はないが、戦いは、始まっている。


 お互いの闘気と熱気で道場内の熱が上がり、互いに額から汗が落ちる。


 上総介は、身長が166センチと格闘家としては、小柄の方だがそれを感じさせない、しっかりとした構えをみせている。


 2人とも、一切動かない。


 大城は、上総介の構えの意図を理解しており、捌いた後に、使っていない方の腕での打撃。


 しかも、その打撃は、目潰し、或いは金的と予想している。


 『空手に先手なし』


 それは、先に手を出すなとか、そういうものではなく、空手は一撃で決めるもの、2発、3発などない、先手という概念なく、『一撃必殺』その教えと大城は考えていた。


 少し間を詰める大城、少し間を外す上総介。


 大城の正拳突きは、高速とも言われ、自身もジャブよりも早いと公言しているが、勿論間合いに入らない事にはそれは使えない。


 (捌いた後に攻撃、でも、果たして俺の正拳突きを容易に裁けるか)

 

 お互いギリギリの間合いから動きはない、まるで何時間も向き合っている、錯覚に陥る。


 前田は時計を見たかったが、一瞬も目が離せないと時間が確認出来ない。


 芽郁もまた、真っ直ぐ2人の動向を見守る、集中力は途切れていない。


 (正拳突きの間合いではないが、跳び蹴りなら虚をついて入る)


 大城は、攻撃への意を決したが、上総介のオーラに一瞬怯む、上総介の上下に構えた腕が、まるで獲物を待つ獅子に見えたのだ。



 上総介も考える。


 自分の戦いは、覇王の戦い、負ける事は覇王流の敗北、それは覇王流に取っての死に等しいのだと。


 上総介は、大城刃の事は知っていた、ベースは空手の、総合格闘家、実力はかなりの者だと言うことも、高速の突きを捌くのも容易ではない事も。


 (だが、俺は覇王流の当主、覇王の空手を見せるのみ)

 


 「総合力でいえば、大城刃に分がある」


 発した言葉が乾いた声に自身も驚いた前田は、1人毎のように芽郁に話をかける。

 目線はそのまま。


 「打、投、極、打はわからないが、投げと極めなら圧倒的に大城の方だろう、総合的に見れば勝ち目は薄い」


 芽郁もまた目線は変えずに答える。


「たしかに私達の空手には投げ技も絞め技もありません、しかし、ありとあらゆる敵を想定して、研磨研鑽している覇王流にそれは関係ありません」


 芽郁は、自分の旦那の勝利を疑わない。


 自分の目には狂いはない芽郁の心に一寸の迷いも焦りもない。

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