名もなき人 〜軍隊格闘〜

第82話 タイクーン

 荒れた廃墟のような建物、人も住まないような建物だが、この国では、屋根があるだけましという物で、そして、この建物は、『病院』とは平和に慣れた日本人なら信じられないだろう。



 草花が生えた中庭を通り男は、車椅子に座る老婆を見つけ笑顔を見せ、ゆっくり近づく、手には小さな花束を持っている。


 丸坊主に、頭にも顔にも無数傷は、暗い場所ではわからないが、太陽の下では、嫌でも目立つ、切れた唇にはほのかな笑顔があった。


 本名は、男はタイクーンと呼ばれていた。

 

 タイクーンは、幼い頃、近所にいた兵士から習った格闘術で拳一つで裏格闘で名を挙げてきた。


 加減などは知らない殺らなければ殺られる、死ぬのは怖くない、それよりも恐れている事が彼にはあったからだ。


 車椅子の老婆の前に立つと、タイクーンは膝をついて花束を膝の上に置いた。


 「母さん、お元気そうで」


 そう言いながらも、シワだらけの手に痩せこけた顔に髪もボサボサの母を心から心配していた。


 医者から、もう長くない事を聞かされていた、わかっていた、こんな内戦が続く地で医療なんて行き届く訳が無い事を、だが、それでも、奇跡を信じたかった。


 「少し、日本という国で仕事をしてくる、お母さん、元気で待ってて」


 そう言ったが、母は何も返さなかった、仕方ない、薬の影響でほぼ意識も朦朧としているのだ。



 これが今生の別れになるだろう、タイクーンはそう思った。


 (死ぬのは、怖くない、怖いのは愛する人がいなくなる事だ)


 タイクーンは、自分の名を捨て、新しい名前で日本へと旅立つ。


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