第76話 鍵 後編 その3

 今井飛鳥は、引っ込み思案の少女であった、お喋りも苦手で、部活をする事も、放課後遊びに行く事も殆どなかった。


 明日飛鳥も、そんな自分が好きになれず、自分で自分の事を好きじゃないなら、みんなそうだと、思って過ごしていた。


 高校を卒業し、仕事もせずに家に引きこもっていた毎日、偶然テレビに写った映像に衝撃を受けた。


 それは、女子プロレス、ファイブスタープロレスの宣伝番組だった。

 綺麗な衣装にメイクに整った顔立ちの女性たち、明日香は始め、アイドルか何かと思っていたが、番組の途中から試合映像に変わった。


 自分とそんな歳の変わらない女の子達が投げたり蹴られたり、感情を爆発させていた。


 (私も、こんな風になりたい)


 飛鳥は、本能でそう思い、次の日は道場を調べて、練習生として扉を叩いた。


 だが、現実は甘くない、スポーツ経験もない、特別体格も良くない彼女は、練習生の試験をパスする事は出来なかった。


 悔し涙を見せる彼女に当時の試験官は、恩赦を与えた、勿論選手としてではなく、リング設営等を行う裏方として迎えいれた。


 裏方であっても、好きな世界に通じていられるそれだけで、嬉しかったし、リング設営の後に、リングの上から見る風景も好きだった。


 見様見真似で、受身をとる飛鳥に話かける人影がいた。

 「下手くそな受身だな」


 満面の笑みを浮かべる化粧濃ゆい女性。

 それが、メリッサとの出会いであった。




 時が流れて、今飛鳥は、アスカと名乗り呼吸荒くリングに立っている。

 目線の先には、脚を抑え倒れている青木選手の姿があった。


 アスカと青木の間には、レフリーが立って静止し、青木の側にはドクターが様子を見ていた。



 アスカの繰り出したドラゴンスクリューは、プロレス技の一つ、食らう相手は、身体を回転させ受身を取る必要がある、一見すると大袈裟に見られる受身は、必須な動作であった。


 青木はドラゴンスクリューの受け方など勿論知らない、威力を逃す事も出来ずに、左脚の筋を破壊される事となった。


 青木は戦える意思を見せていたが、セコンドはそれを許さなかった。


 アスカのダメージも深刻で、試合を継続した時は、青木の方が膝の状況を考えても有利であった。


 しかし、セコンド陣は無理をして怪我が悪化し、その後に影響する事を恐れた。


 

 ドクターからレフリーに、試合の終了が告げられ、アスカは勝ち名乗りを上げる。


 

 アスカは、咆哮を上げ喜びを表現する。

 圧倒的不利をひっくり返す、プロレスラーとして負けられない戦いでの勝利、その価値は本人が思う以上の影響を与えた。


 その勝利の影響は、勿論比嘉の認識にヒビをいれるのに十分であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る