第58話 無双の虎 後編その3

 2人は睨み合い硬直の時間が過ぎる。


 それを見守っていた林龍は、田上の身体が無意識に引けている重心の変化に気づいた。

 

 (あれじゃあ、打撃の威力は死ぬな)


 打撃については、詳しくはないが、その程度の事は直ぐに理解した。


 (俺が見てもわかるんだ、戦ってる虎が知らない訳ないよな)


 今度は矢野から、間合いを詰める。


 後の先、田上は前蹴りでカウンターを取ろうとするが、重心の持っていない打撃、簡単に左腕で足を捕獲。


 体勢を下げながら、頭を脇の下にいれ、そのまま田上の身体を抱え上げる。

 

 肩車。


 その大技に、林は興奮より先に恐怖の映像が、頭によぎる。


 通常なら背中から落とすのがやり方、しかし、今の矢野なら遣りかねない。


 頭から落とす。


 いくらなんでも、それは危険過ぎる、思い過ごしかもしれない、しかし、声を荒げずにはいられなかった。


 「虎、冷静になれ」


 既に田上を落とす動作に入っていたが、その言葉に反応してか、どうか、落ちる田上の身体を調整し、背中から落とす。


 肉体にダメージはあまりなかったが、精神的にはもう立ち上がれる程の心は残っていない。


 それでも、矢野は無言で立ち上がりを促す。


 田上は、片手を上げ、待ったのジェスチャーをしながら口を開く。


 「すみません、もう勘弁してください」


 矢野は黙って睨みつけたが、戦意がないことを察すると表情を緩める。


 「柔道の強さがわかればそれでいい」


 そう言って手を差し伸べるが、田上の身体は恐怖から震えその手を握れない。


 やっと意を決して手掴んだ田上の、矢野は身体を引き上げる。


 そこに林はタオルを持って矢野に手渡す、殆ど汗をかいていないが、それを手に取り顔を拭きながらお礼を伝え、言葉を繫げる。


 「今度は、もっと大勢の前で柔道の強さを示してやるさ」


 そう言った矢野の表情はタオルで誰にも見えなかったが、その瞳には一筋の狂気のようなものを孕んでいた。


 

 

 

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