第57話 無双の虎 後編その2

 矢野の闘志、気迫は並々ならぬものを感じたが、田上に焦りはなかった。


 (掴む事が出来ないのだ、どうという事はない)


 現にこの戦法で勝ってきているのだ、それは、金メダリストであろうと柔道を武器に使うなら問題はない。


 田上はそう思い、素早く右ローキックを放つも、それは空を切る。

 いくら対打撃はないも、それは、センスで回避をする矢野。


 そして、足の戻りのたった一瞬に懐に入り込む。


 田上に焦りはない、髪も短く刈上げているし、身体にはオイルで掴めるはずがない、そう思っていたが、それは浅はかだった。


 矢野の右手は、左耳を強く握り込む、そして左手は、右手首を掴み、身体を入れ込むように、背負い投げ、地面に叩きつける。


 田上は抵抗もできずに、一瞬何がおきたかわならなかった。

 しかし、理解よりも先に矢野は、動き出す。


 『裸絞』


 後方に周り、首に力を入れていく。


 ほぼ、何も出来ずに力無く意識を無くす。


 勝負ありとはならない、田上はハッと意識を戻すと矢野は仁王立ちで立てと合図をする。


 油断していた、次はこういかない、少し距離をとりファイティングポーズをとる。


 少しふらつくがまだ、巻き返せるそう思って、左ジャブを出すが、それを捌く。


 柔道で相手との襟の取り合いをしているのだ、手捌きなら多少心得はある。


 矢野は、田上の腰の付近に高速のタックルを行う、両足を刈るようにし地面に叩きつけてから、肩固めを行う。


 素人扱いのように、面白いように技が決まるのは、実力が矢野が上という部分もあるが、田上は姑息な手段で慢心が出ているという事も関係している。


 肩固めで、じっくりと締め上げると、矢野は技を解いて、立ち上げる。


 田上は、咳込み、矢野を見上げる、寝技では勝てない、田上は立ち上がるしか選択肢はなかった。


 締め上げられた首をさすってから、構えるが先ほどまでの余裕はまったくなくなり、そして、矢野にまったく隙がない事に今更気づいた。


 全身から出た汗と道着で密着していた為に、体の滑る効果は期待出来ない。


 

 (こんなはずじゃなかった)


 こちらから動くのではなく、相手の動きに合わせる戦法に切り替える。

 上着はないのだ、投げに入るのには手順に隙があるはずだ。


 一瞬の硬直から戦いは動き出す。


 しかし、まだ、2人は動かないまま、時間が過ぎていく


 

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