第56話 無双の虎 後編その1

 矢野と林は、市内の高校の体育館の駐車場に車を停め、体育館へと足を運び、更衣室で柔道着に着替えた。


 この高校の卒業生ということもあり、特別に夜間開けてもらったのだ。


 体育館に入ると、田上はジャージ姿で電子タバコを咥えていた。


 「ここは、禁煙だぞ」


 矢野の言葉に、田上は、電子タバコを手持ちのバッグにしまう。


 「一体なんの用事ですか、因縁かけられた事は謝ってくれたら大事にはしませんよ」


 田上は、ヘラヘラと挑発した態度を取っていたが、矢野はその言葉にはのらない。


 「謝罪などではない、『柔道』を軽視した発言を訂正、撤回してもらいたい」


 矢野誠実の態度は崩さないが、田上はそうではなかった。


 「柔道の技術だけじゃ、総合格闘家には勝てないのは事実で、現に俺にボコボコに負けてるじゃないですか、何も嘘はついてないですよ」


 「なら、俺の柔道にお前のその総合格闘術というのを見せてもらえないか」


 お互いの距離は離れていたが、矢野は一歩前に出て戦う意思を示した。


 静かな闘志に空気が揺れる。


 「構いませんけど、『国民栄誉賞』取った人をボコボコにするのは気が進みませんけど」


 そう言って、上着を脱ぎ、上半身裸になり、そして、カバンからオイルを手に取り、身体にオイルを塗りたくる。

 


 服がなければ掴んで投げれない、身体が滑れだ関節も取りづらい。

 戦う事を予想していたのか、田上は、対柔道の準備をしていたのだった。

 

 「もしかして、お前」


 林は、その周到さにある考えが頭に浮かぶ。


 「ええ、もちろん、前喧嘩売られた時もこうさせてもらいましたよ、あの時の彼らの顔といったらなかったですよ、手も足も出ないって感じで」


 林は、熱くなり飛びかかりそうになるのを、矢野が静止する。


 戦うのは俺だ。


 無言で、そう示す。


 襟を正し、帯を締め直す。


 「構わないよ、柔道が怖いんだろ、それぐらいは、弱者の知恵だ、それでよく『強さを求める』的な事が言えたものだ」


 矢野虎次郎は、ゆっくりと間合いを詰める。


 「お前の矜持見せてもらおうか」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る