第43話 侍 中編
北岡兵衛は、産まれた時から右腕の肘から上が欠損していた。
そんな兵衛少年を、両親は優しくも厳しく育てる事を決めた。
保育園の頃、兵衛少年は、片手が無い事を同じ園の子にからかわれて泣いて帰った日の事。
まだ二十代半ばだったが会社にも期待される程の人格者であり、能力の高い兵衛の父親はこう息子に伝えた。
「そんな事を言うやつは相手にするな、お前が偉くなって見返せばいいんだ」
その後に父親は、口角を上げて続ける。
「でも、やっぱり今悔しいもんな、強くなってやられたらやり返す男になるか」
腕がない事をハンデとは思ってほしくない父親と母親は、本人が望むなら、なんでも兵衛少年にチャレンジさせたい気持ちがあったが、金銭面等を考えると難しかった。
強くさせるために父はやった事もないミット打ちを見よう見真似でやってみた。
1ヶ月も、毎日頑張って練習していると、ある日1人の男が声をかけてきた。
歳は若く見えたが後退した頭からは、年齢の把握は難しかった。
北岡の父親は警戒したが、男は手をフラフラさせて近づいてきた。
「怪しい者じゃないよ、私も昔は、父親にミット打ってもらったからなつかしくなって、ただの遊びをしていると思ったけど、毎日毎日やってるからもしかして『強く』なりたいのかと」
北岡父は、まだ警戒を解かない。
「私、サモ・ハンって言うよ、これでも結構つよいよ」
サモ・ハンは、満開の笑みを見せた。
「少年強くなりたいか」
兵衛少年は、黙って頷く。
「いい目だね」
北岡父の何か言い出そうなのを、サモ・ハンは先に答える。
「大丈夫、お金いらない、日本人の友だちいたほうが早く日本語覚えれるしね」
「いえ、お金の事だけじゃなく息子のこの右腕でも大丈夫でしょうか」
サモ・ハンは、大きく笑って見せた。
「もっと、大丈夫だよ、この右腕、良いものを持ってるよ」
奇妙な縁で師匠弟子の関係を結んだ2人は、長く関係が続く。
北岡兵衛は、小学校に上がると、母親の希望でインクルーシブ教育が盛んな小学校に入学した。
目の見えない児童や医療家ケアが必要な児童等と共に、又、健常者の児童とも関わりを持ちながら成長した彼は、時には、男の同士喧嘩をしたりして成長を見せる事となる。
高校を卒業する頃に彼は、1人前の男になっていた。
そして、卒業式の日
「そりゃもったいないよ」
兵衛の師匠でもあるサモ・ハンは、公園のベンチで兵衛の将来の話しを聞いてつぶやいた。
「そうでしょうか、この右腕では何処のジムでもキック選手にはなれませんし、福祉の仕事は幼い頃からの夢でもありますから」
サモ・ハンは、兵衛は嘘をついてはいないが、彼の才能を考えると勿体ないと思い一つ提案する。
「日本が無理なら『海外』ならどうだい」
兵衛は、その一言で試したい気持ちがつよくなる、幸いサモ・ハンが口利きをしてくれることもあり、1ヶ月後には、日本を離れていた。
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