第14話 蕾 後編
怒声と同じタイミングで拳を下ろす男、手にはタオルが巻かれている。
平手ではなく、握った拳。
純は、先程勝次から聞いた一文を思い出す。
「梓の親父は、合気道じゃなく空手習ってたらしくて、結構いい線行ってたみたいで」
その言葉がしっくりするほど、男は良い体格をしていた。
止めたいが恐怖で言葉が出ない、足も震えていたが、なんとか一歩一歩近づく。
それを男は目線で捉えた。
「おまえ、なんならひとのいえに」
男はお酒の匂いが強く、ろれつが回っていない酔っ払っているのが、すぐにわかった。
男は、ズガズガと近寄り、言葉よりも先に拳を突き出し、その拳は純の顔面を捉えた。
眼の前で火花が飛び散り、台所にある椅子を巻き込み倒れる。
人生で始めて向けられた暴力と敵意、動揺する、しかし、その純を御構いなしに、倒れた純の腹部と顔面に゙蹴りを何度も繰り出す。
動かなくなった、純から離れまた、梓に近寄る、この男はだれだ、お前も俺を捨てるのか、いつも馬鹿にしやがって、そんな言葉を吐き、暴力を振るう。
(合気道は身を守る技)
そう教えてもらい、幼いながらも真剣に取り組んできた、目の間に殴られている梓も、一緒に頑張って練習していた。
2人ではしゃいだり、笑い合って、優しい先生に教えてもらった合気道、役に立たないなんて思いたくない。
純は、ゆっくりと立ち上がった。
恐怖も、怒りも、痛みも、助けないという焦りもない、自分の感情がなくなったように感じた。
純は、入口にホウキを持ったおばさんが立っているのが目に入る、近所の人かな、そう冷静に頭が回っている。
反対に酔っ払いは、立ち上がった純に苛立ちを見せ何かを発しながら近づく。
純は、タオルの巻かれてない左の手で服の襟を掴まれる、右手は、タオルで巻かれているそのタオルには血が付着している。
(常に冷静に相手をみる事)
先生の言葉を思い出す、頭はクリアだ。
純は殴られるより速く、左手を両手で掴み、捻りを加える、基本的な護身術だが、咄嗟にはされた方は対応できず、宙に舞う。
広い道場なら背中から落ちるのだが、狭い室内、その背中は食器棚にぶつかる、通常なら手を離して技を解いてもよいのだが、純はそのまま身体を固定させ、頭から地面に落とした。
まさに一瞬の出来事。
鈍い音が、室内に響く。
呆然と緊張が取れた純は、座り込んだ、先程のおばさんは梓を抱きしめ泣いて謝っているようだ。
純の側にはピクリともしない男は、死んでいるようにも思えた。
そのタイミングで警察が室内に入ってくる。
「通報された方はどなたですか、一体何があったんですか」
警察は、おばさんに問いかける、投げた瞬間は見られている、捕まるかなと純は思ったが、しかし、おばさんは意外な返答をした。
「その男が酔っ払って転んで頭を打ちました」
警察は、梓の方にも確認したが、梓も同じ返答をした。
その時に、梓は純を見て、同級生だと気づいた。
それほど、切迫した状況だったのだ。
「久しぶりだね、ジュンジュン、なんか変なの見せちゃったね、でも、どうしたの突然」
純は、バツが悪そうに答える。
「今日同窓会だから、一緒に行こうって誘いに来たんだけど、この顔じゃお互い無理だね」
お互い腫れた顔を見合わせて、笑い合った。
後から、わかった事なのだが、助けにきたおばさんは隣に住んでおり、普段から警察に何度も相談、通報していた事、この日はいつも以上に怒声が酷かった言葉と男の子が助けに入ったのをみて、隣に住んでいたおばさんも意を決して乗り込んだらしい。
そして、梓の父は一命は取り止めたが、首からの下は動かなくなり、その1年後にこの世を去った。
純に対しては、暴力を振るっていたのが格闘技経験者で、純はただの同級生、また当時の経緯や状況、2人の証言からお咎めはなしという形に収まった。
それから、梓と純は事件を通し、連絡を取り合うようになりまた、純がこの事件を通し、本当に身を守る事、被害者を助ける事、格闘技を暴力に使う人に対しての護身を考えるようになった。
梓もその気持ちに共感、2人で色々な勉強や資金集め等の、土台固めをし、ユーチューバーデビュー、そして、新しく合気道道場を始めたのだ。
そして、時は現在に戻る。
道場内で、ジュンジュンと梓は動画撮影の準備をしていた。
「でもさぁ、合気道の生徒って集まるかなぁ、私達の時も殆ど空手人気で、生徒だれもいなかったじゃん」
梓は不安を口にする。
「大丈夫だよ、愛の伝道師ジュンジュンとアズアズが手を組んで出来ない事なんてないって」
ジュンジュンは、そう言ってダブルピースで梓を元気づける。
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