第11話 嶺 後編 完結編
リングに上がった2人は、一ノ瀬はボーッとしていたが、サモ・ハンはシャドーで身体を温める。
それを見て、スキンヘッドは神田に話かける。
「神田さん、サモ・ハンは連敗してますが、決して調子悪い訳じゃないです、まだ、戦えますよ」
神田は、煙草に火を点けながら、答える。
「わかってるよ、前回は相手が悪かっただろ、『熊殺』の名をもつ空手野郎、あれに勝てる奴なんてそういないだろ」
煙草を一服すい、大きく煙を吐き出す。
「サモ・ハンもう歳だ、稼がしてもらったし、自分のお店も持って、今度子供も産まれる、これ以上戦えば、どこか故障しかねん、五体満足で引退してもらえればとは思うだろ」
スキンヘッドは以外そうに神田を見る。
「優しい所あるんですね」
「そういう訳じゃない、ただ筋ってものだ、それにサモ・ハンには『プロ』の実力ってのを素人にわからせてもらえればいい」
あの手の素人はガタイだけで勝ってきて自信もあるんたろう、そこを砕いて、賭けの代償として、トレーナーをつけ鍛える。
3ヶ月もすればそこそこ使えるだろうし、そのタイミングで組の手駒をサモ・ハンからこいつに変えれば周りもうるさくは言わないだろう、神田はそんな事を考えていた。
「始めていいぞ」
その神田の合図で、2人の男は間を詰める。
と言っても、一ノ瀬はスタスタと歩いて近づいているだけ、その無防備の足にサモ・ハンは右のローキックを繰り出す。
完璧に捉え、その後返しの左のストレートを右の胸に叩き込む。
下がりながら右のミドル。
ガードも避ける事も出来ず一ノ瀬は、少し重心が下がり、サモ・ハンの射程内に顔面がくる。
その隙を逃さず左フック。
(ただのサンドバッグだな)
神田は、一ノ瀬に打撃の才能を感じず、鍛えるなら寝技等のレスリングだなと考えた。
サモ・ハンは、そのまま右ストレートを顔面に、しかし、サモ・ハンは殴りながらも違和感を感じていた。
当たってはいる、タイミングもバッチリ、しかし、何故か一ノ瀬は倒れる事も怯む事もなかった。
ノイズがサモ・ハンの動きを遅くした、一ノ瀬が伸ばした長い右腕はサモ・ハンの左手首を捉えた。
「つかまえた」
歯を見せて、笑顔を見せる一ノ瀬、左手首に感じる握力に慌てて右のミドルを繰り出し、状況の打破を狙う。
1発、2発、3発しかし、一ノ瀬はびくともしない、その隙に一ノ瀬は左手を伸ばし、今度はサモ・ハンの顔面、正確には右耳を捕まえた。
瞬間、力いっぱいに自身に引き寄せ、サモ・ハンの顔面に右膝を叩き込む。
その威力に右耳は、千切れ、鼻の骨は砕かれた。
多量に出た出血に、一ノ瀬は自分のズボンの汚れを気にした。
お金で新しくズボン買おう。
一ノ瀬はそんな事を考えていた。
一ノ瀬に取って殴られる事も蹴られる事も大した『痛み』はない、自分が殴っても大して痛くないと思っている節が彼にはあった。
軽くやっただけで、そんな痛くないたろう、本気で殴らなければ大丈夫。
そんな風に思っていた。
あまりの事に神田は、呆然としていた、スキンヘッドの男は千切れた耳を拾い、氷で冷やし、我に帰った神田は、お抱えの闇医者に連絡するようにスキンヘッドに伝えた。
そんな緊迫した空気の中、一ノ瀬はあっけらかんと神田に話をする。
「お金は、今日もらっていっていいんですよね、帰りにズボン買いたいんで」
神田は嬉しい誤算に笑みを浮かべる。
「ああ、お金はやる、あと、俺と組まないかもっと稼がしてやるぞ」
一ノ瀬は、そんな沢山お金はいらないが食費がかさばるのが最近気になってので丁度よかったぐらいしか思っていなかった。
そして、ふと幼い頃、母と話した事を思い出し、歯を見せて笑った。
「本当に、ケンカして、人殴って、お金儲けする仕事あるんだな」
最強の素人が、喧嘩屋として、夜の街で生まれた瞬間であった。
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