第9話 嶺 中編

 一ノ瀬は、高校卒業の時に、身長は2メートルを超え筋肉質な肉体、長く少し癖のある長髪、そして、顎髭と口髭を伸ばした面長の大男、恵まれた体格だが、しかし、スポーツはしてはいなかった、通常ならその恵まれた体格を活かさないかと学校の先生や部活のコーチから声がかかるのだが、一ノ瀬の高校はまさに無気力、ただ学生が問題なく卒業出来ればよい、それだけであった。


 一ノ瀬は、卒業し地方の地元から都会へと出てきた。

 理由は、なんとなく。


 体格に恵まれていたか、勉強はてきる方ではなかった彼は力仕事の現場で働く事になった。




 昼時間に、カップラーメンと弁当二つを腹にかきこんでいた。

 (飯をくうのにも金がかかる)


 そんな事を考えていると、同じ職場の男が声をかけてきた。

 

 「よう、一ノ瀬、相変わらずいい身体してるな、お前お金ほしくないか」


 一ノ瀬は、その男の名前は覚えていないが、お金はほしい、一ノ瀬は黙って頷く。


 「よし、なら決まりだ、今日終わったら、一張羅きて銀座のこの店の前で待っとれ」


 そういうとメモを渡される。


 一ノ瀬はヒゲをイジり、メモに目を通す。



 その日の夜、一ノ瀬は、狭いティシャツにオレンジのツナギを来て、銀座に立っていた。

 体格的にも、格好的にも浮いた一ノ瀬を、職場の男が見つけ、ある夜のお店に誘導した。


 その道中、男は一ノ瀬の格好について、ブツブツ行っていたが一ノ瀬は大きな欠伸で返事をした。


 (ここで何したらお金もらえるのか)


 一ノ瀬はそんな事しか考えていなかった。


 男は、お店の前に立ち止まり、その綺羅びやかなお店に不釣合の2人は、入口にいるボーイから、てんなのVIPルームの席にいる男の席に案内された。


 白いスーツにオールバックに大きなサングラスの男、漂うオーラがその男を只者じゃない事を示していた。


 その男は、ゆっくりサングラスを外して、一ノ瀬を睨みつける。

 「神田さん、こいつがその男です」


 白いスーツの男は神田と呼ばれ、神田はまだ、一ノ瀬を見ている。

 「こいつが、その男か、太田」


 一ノ瀬は、今自分の側にいる男が太田と知り、また神田に紹介したい事を知った。


 「はい、見たとおりのガタイなんで目に適うかなと」

 太田は自分より一回りも離れた神田にへりくだって話を返す。


 神田の周りには、綺麗に着飾った女性が座っている、一ノ瀬は、始めてみる世界に少し目が眩む。


 「おい、お前、なんか『やってる』奴か」


 「今は、現場て働いてますけど」


 一ノ瀬は、質問の意図がよく分からず、トンチンカンな返事の一ノ瀬にも神田は気にしないで話を続ける。


 「そう意味じゃない、何か格闘技とかはしてるのかって意味だ」


 一ノ瀬は、頭をかきながら答える。

 「あー、ボクシングとか空手とかてすか、やったことないっすけど」


 神田は、その答えに落胆する、そして、太田にどういうつもりだと、問い詰める。

 

 神田は強い奴を探している、その噂を聞いた太田は、自分の知っている強そうな一ノ瀬を紹介し、少しばかりお金を貰おうという考えていてのだ、落胆する神田を太田はフォローする。


 「でも、こんな大きいならケンカも強いですよ、それに、こいつ地元じゃ負けなしみたいですし」


 神田は、一ノ瀬をもう一度値踏みする、確かに規格外に大きいが大きいだけの素人、あるレベルの格闘家と戦えばただのサンドバッグになる事はわかっている。


 しかし、この神田という男、頭の回転は早い。


 封筒に入った札束をテーブルに投げ置く、そして、こう続けた。


 「どうだ、兄ちゃん、ここに百万ある、俺と賭けをしないか」


 一ノ瀬は、深くも何も考えず答える。


 「買ったらお金くれるんですが、いいですよ、賭けしましょう」

 

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