第7話 拳 後編 完結編

 たった一撃で、会場の空気を変えた石森は、ノアの左ジャブを回避を続ける、ボクシングは射程距離の探り合い、身体に触れる事も出来ないノアにとって間を把握する事は出来ず、悪戯にスタミナと精神的な焦りを生んでいた。


 反対に、石森には天才的にその「射程範囲」を把握する事ができるのだった。


 (試合を長引かせるつもりはない、短期決戦が俺の心情だ)


 石森は、その思いを悟らせないように、相手とのギリギリの距離でフットワークを取る、ノアの戦闘スタイルは、『打たせずに打つ、アウトポイントする』それがスタイルだが、触れる事もできなければ、判定で勝利をする事はできない。



 一度、無理にでも間合いを詰め手数を稼がないと、ノアの戦略にノイズが入る。


 間合いを詰めた左右の連打とて、石森に掠る事しかなかった、守りに徹しすべて躱しきる。

 ノアは、石森がつかれるのを待つつもりだろうと考えた、しかし、フルラウンド闘い切れるスタミナがある自分にとって問題はない、むしろ逃げ腰で戦ってもらった方がいつか捕まえられる、そう思った。



 一連の乱打の後は、一度ノアは間合いを外し呼吸を整える。


 (次で捕まえる。)


 ノアはまた、一気に間合いを捕まえる。


 左ジャブを起点とし、右ストレート、左フック、返しの左ジャブ、そのハンドスピードはチャンピオンに恥じないものであるが、石森の回避はそれを上回った。


 その光景に観客は、石森に心を奪われていく、ノアの人気は国内ではそれほど高くない、KO勝ちが圧倒的に少ないのだ、強さとは裏腹にファンはボクシング通だけで人気は水物、今観客の気持ちは移っている。


 ノアの攻撃は少しずつ精度が落ちてきている、石森はその隙を見逃さなかった。


 回避で体勢が崩れていたが、石森にそれは関係なかった。


 石森が日に何時間もサンドバッグを叩いているのは、一つ大きな理由もあった、それは、どの体勢でも『完全なパンチ』を打てる事。


 パンチの基本は、足からの腰に掛けての回転、それを不完全な体勢で成立させるには、圧倒的な体幹が必要であった。


 それは、すでに習得済み、崩れた体勢であっても放たれた石森の右ストレートは、無防備のノアの顔面をとらえた。



 ノアは、手打ちのパンチで反撃してきたと思ったが、それはすぐに間違いと分かった。

 意識を絶たれたノアは、糸の切れた人形のように地面の重力に引き込まれたいった。


 一瞬会場は静寂に包まれた、何が起きたかわからなかった。

 

 しかし、石森が大きく右手を上げた瞬間に、大きな歓声とレフェリーの勝ち名のりが行われた。


 (チャンピオンは、通過点、まずは階級を上げ、ボクシングの強さを証明し、それからだ、それから『すべての格闘技』に対し強さを証明する)



 後にボクシングの最強と言われた男石森の伝説の始まりだが、それは栄光の道のりとはまた違う、苦闘の道であった。 




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