第5話 拳 中編

 長い髪を後ろで括って、笑顔を見せた女性は、安里涼花。

 歳は20歳、素朴ながら整った顔をした彼女は、ご飯をよそい、石森と対面して座る。


 野菜を中心にした夕食、ボクサーである石森を意識した食事であった。



 「試合決まったから」

 「来週には海外だ」


 陽は、ボソリボソリと伝える、その言葉に涼花少し心配そうな表情を見せる。


 しかし、涼花はその感情を読まれないと涼花は大げさに反応する。


 「海外ってすごいじゃん、お土産忘れないでね」


 陽は、そんな涼花を愛しくも想い、作ってくれた料理を口に運ぶ。


 食事を飲み込み、涼花に答える。


 「試合は、タイトルマッチだ、ベルトを土産に帰ってくる、統一チャンピオンになれば生活も楽になるはずだから」


 今の厳しい暮らしを気にしている陽だが、涼花はそんな事は気にしていなかった。


 (ケガしないで無事に帰ってくれたらいいよ)


 涼花は、そう思い食事を続けた。



  渡米までの一週間、陽はいつもと変わる事のないメニューをこなし、肉体的にも精神的にも充足させていた。



 そして、試合前日の会見の場を迎える事となる。


 陽の対戦相手は、アメリカ国籍のノア・アーノルド30歳を迎えたベテランで、ここ何年かは無敗を誇り、自身の最高潮を迎えていた。

 その為に、対戦相手探しにも難航しており、今回も対戦相手の急な体調不良の為であった、メインではないが、急遽対戦相手を探し、その白羽の矢がたったのが石森陽であった。



 ノアは、対戦相手が決まった安堵感を感じながら、会見に参加、記者からの質問に答えていた。

 会場の記者はほとんど欧米人であり、英語を解さない陽にとっては何を話しているのかも理解する事はできなかったが、時折漏れる笑いから明らかに、陽を小馬鹿にしている雰囲気は理解していた。


 そんな中、一人の記者が、陽に向かい英語で質問を行う。

 陽のとなりにいた男性職員が通訳し、陽に伝える。


 「今回の試合はあなたのキャリアに大きな意味をもたせるとおもいますが、チャンピオンに今回何か一言いただけますか」



 石森陽は、鼻で笑い、通訳を一瞥し、ノアを睨みつける。


 「この会場で俺が勝つ事なんてだれも考えてないだろう、日本でもな、だが、俺は負けるなんて微塵も思ってないんだがな、これが」


 「グダグダ余裕みせて、油断して負けました、なんて言わさないからな、チャンピオン様」


 石森陽はそれだけ伝え、マイクを置き会場を後にした、普段感情を出すことは少ない彼だが、異国の地で侮辱されどうして我慢できようか、会場は冷え切っていた。


 そして、明日、試合が行われる。


 


 


 


 


 

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