第3話 心 後編
時が経つのは早い
あの日から、理央は変わった、なるべくまわりの人達と関わりを持つように努め、身体も鍛えるようにした。
線の細い理央は、5年の月日で体格は大きく変わり、高校を卒業した後に直ぐに、『シンプロレス』の門を叩き、見事入門テストをクリアする事ができた。
しかし、変わったのは、理央だけではなかった、シンプロレスを取り囲む環境も大きく変わってしまった。
かつて、隆盛を極めたシンプロレスの人気は下落していた。
真剣勝負を掲げた各格闘技の興行が増え、ファンは離れてしまっていたのだ。
その底面の大きな理由は、『ライジングレオ事件』と呼ばれたプロレス界を揺るがす大きな事件でにあった。
立技で興行していた団体は、プロレスの客を引っ張る為に露骨に挑発を繰り返していた。
『プロレスは八百長だが、本気で戦えば最強』、それがファンの認識ではあった。
その挑発に、ある1人のレジェンドレスラーか受けて立った。
ライジング・レオ。
デビューから三十年を超える選手であったが、当時チャンピオンであり、ファンからは、ガチで戦えば勝てる相手はいない。
それがファンの考えであり、一種の希望だった。
試合の相手は、キックボクサーで20歳の若手の選手、誰もが安易なシナリオ予想をしていた。
(何度か打撃を受けるレオだが、タックルからの寝技で若手を完封、やっぱりプロレスは強い)
それで、この一連の流れを終わらすだろうと考えていた。
しかし、結果はまったく違った。
試合が始まりレオは圧力をかけるも、ローキックと前蹴りで勢いを殺され、動きが止まったレオはまるでサンドバッグの様に一方的に殴られ、最後はガードの上からハイキックをくらい、失神KO、僅か一分程の試合時間であった。
会場は、怒号と悲鳴、そして、罵声が溢れた。
その日、プロレスの時代は終わった。
新聞、マスコミは面白可笑しく記事を書き、熱狂的なファンはアンチに変わり、道場や選手の車にペンキでイタズラするような者も後を絶たなかった。
理央が入団した時はその事件の翌年であった。
入団希望は激減したが、合格者は例年より多くとり運営は底上げを狙ったが、練習についていけず、一ヶ月では理央の同期は2人となっていた。
異例の1年目のデビューが決まり、半年間の海外修行の前日、理央は運命の再開を果たす。
都内の病院の一室、理央は会社に呼ばれ案内されていた。
挨拶をし、部屋に1人で入室、そこで理央が目にしたのは、ベットで横たわるライジングレオの姿であった。
レオは、理央の姿を見ると、電動ベットを操作し、座位を取る姿勢となった。
細くなった腕、痩けた頬から病状は良くないのは、素人の理央にも想像できた。
レオが病気になり第一線から退いたのは噂には聞いていたが、本当だったのか、それが理央の本音でもあった。
「来年デビューが決まっている新人、明日から武者修行って訳か、1年デビューはなかなか会社も焦ってるって感じだな」
理央は無言だ、あの日憧れた選手がいる緊張もあるが弱った姿を見るのが、また悲しい気持ちとなっていた。
「『あの日の細かった少年』がプロレスラーとは、俺も年を取りすぎたな」
理央に稲妻が走った。
「覚えているんですか、俺の事」
「覚えているさ、クリスマスの興行の時の施設の子だろ、何にも興味のない瞳が、俺の試合の後に目を輝かせたんだ、忘れる訳はないさ」
「俺にとっても最高のクリスマスプレゼントだったよ」
「しかし、まさかプロレスラーになるとは思わなかったな、だが、ある意味運命かもしれん」
理央は、黙ってレオの話を聞いていた、覚えていてくれた嬉しさはあるが、今はファンではなく、1人の選手、もしかしたらもう会うことも出来ない男の言葉をしっかり胸に刻みつかせたかった。
リオは、ベットから袋を取り出し、袋の中の物を理央に差し出した。
それは、マスクであった。
「これは」
理央は動揺する。
「俺はもう長くない、選手としては終わった、心残りといえば俺の後を継ぐ選手がいない事だ」
理央は動揺しながらも、反論しようとするも、言葉を飲み込んだ。
「俺の二代目を継いでもらいたい」
理央は、その言葉に震えが止まらなかった。
憧れていた選手が自分がなる、しかもまだデビューすらしていない自分が務まるのか、色々な思いが頭の中を駆け巡ったが、しかし、答えは決まっていた、断われる理由はない。
理央は一度大きく、深呼吸をし、レオを真っ直ぐに瞳に捉える。
「貴方のマスクを受け継ぐなら、貴方の名前に恥じない選手とかいう次元の低い事は言いません」
「貴方を超える選手に必ずなります」
マスクを受け取り、大きく頭を下げた。
ライジングレオは、大きな笑みを浮かべた。
そして、プロレス界の将来を思った。
今の立技人気は、長くは続かない、そのタイミングで自分の二代目がプロレス界に登場、その選手は今までとは違った景色を見せる事による、初代の負けがまた違う形で生きていく。
ライジングレオは計画していたのだ。
自分が退く時にはプロレス界に大きなインパクト、真剣勝負での敗北が必要だったと、格闘技ブームが終わったタイミングで、新しいプロレス、新しい層のお客を取り入れようとしていたのだ。
「今からまた、俺が色々鍛えてやる、プロレスを頼んだぞ、ライジング・レオ」
初代ライジング・レオは、二代目にしっかりと自分の気持ちを伝え、二代目もまた、心にその思いを刻んだ。
あれから、十年、暗黒期を乗り越え、プロレス界の人気は全盛期を超えるまで回復、二代目ライジング・レオは唯一無二のレスラーとして、プロレス界を牽引するまでとなった。
プロレスはショーマッチであり、エンターテイメント、それが世間での評価であり、ライジングレオが作った新しい景色だったのだ。
不動のチャンピオンとなった、ライジングレオは、誰にも言わない心の中には1つの思いがある。
「プロレスこそ、最強、誰が相手でも勝つのはプロレス」だと。
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