終章 『あの日、二人が世界を変えた』

 竜の卵の一件から次の日。ルティはセシルの研究室に呼ばれる。


 休日だったため、校舎にいつもの騒がしさはなかった。黙々と研究室に向かうと、部屋にはセシルだけではなく、レイスとジェラルドもいた。


 彼らに視線で促され、ルティが部屋にひとつしかないソファに腰をかけると、セシルが口を開く。


「改めて自己紹介をしよう。俺がジェラルドさまの協力者だ」


 そういって彼は優雅に首を垂れる。

 ルティは目を見開いたあと、ふっと目元を緩めた。


「そうだったらいいな、とは思っていました」

「ふふ。それは嬉しい言葉だな」


 彼はルティと視線を合わせ、ニコッと微笑む。


(わ! 眩しい)


 背後に白薔薇の幻覚が見えてしまうほどの華やかな笑みに、思わず頬を赤く染めると、レイスがむっとした表情でルティの前に立つ。


「必要以上に愛想を振りまくのは控えたほうがいいのでは?」


 彼はぶっきらぼうに告げたあと、ギロッとセシルをにらみつけた。

 ルティはそれを見て呆れる。


(もう演技の必要はないのに。大袈裟だな)


 するとセシルは余裕たっぷりな笑みを浮かべ「悪い悪い、つい癖で」と肩をすくめる。


「気を取り直して。まずは君たちを称賛しよう。この度は君たちの活躍によって竜の卵を回収することができた。これは今後の竜対策に向けて大きな貢献となる」


 本当にありがとう、とセシルは深々と頭を下げた。


 それを見て、ルティたちは顔を見合わせ、背筋を伸ばす。


 失敗だってたくさんあった。大人に言えないことだってたくさんあった。その中で最良の結果を残せたのは、信頼できる仲間と信用できる先生方がいたからだ。


 その気持ちを誰よりも実感したレイスが、先だってセシルに頭を下げる。


「セシル先生。今回はジェドとルティ、それにシェリルとハーウェイとアキルスのおかげで呪いが解け、俺はいまここに立っています。ですが、一歩間違えば、未だ呪いが解けずに竜の卵の暴走によって、最悪の場合、死者を出していたかもしれない。呪いのことを黙っていて、本当に申し訳ありませんでした」


 続いてルティとジェラルドもそれに倣おうとしたとき、セシルが片手を突き出して制止させる。


「そうだな。今回の一件は紙一重だった」


 彼の声は一段と低くなり、アメジストの瞳が細められる。


「情報不足があったのはよくなかった。結果は良かったものの、その不手際は未成年だからといって、おいそれ見過ごすわけにはいかない。それはわかっているね?」


 レイスは一拍置いて「……はい」と頷いた。セシルはそれを見て、ふっと口元を緩める。


「だから次に期待する。陛下からもそう言伝を預かっている。そんな顔をするな」


 セシルはニッと白い歯を見せる。そしてレイスの頭を撫でまわした。


「ちょっと、なにをするんですか!」

「今回の君はいっぱい頑張っていたからな~! たっくさん褒めないと!」


 銀髪がぐしゃぐしゃに乱れるくらいに撫でるため、レイスは「俺は犬か!」と声をあげ、セシルから逃げるように距離を取った。


 ジェラルドはそれを微笑ましく見守ってから、表情を引き締める。


「それで、今回の黒幕はどうなった」

「……そうだね、その話もしないとね」


 セシルは苦々しく眉を寄せたあと、ルティたちに背を向けた。


「ヨシュア・ギーンスは現在、宮廷で取り調べ中だ。それが終われば罪を償うために刑を受ける。休み明けには持病が悪化したため教師を辞めることになったと説明するから、君たちも口裏を合わせてくれ」


 抑揚のない声だった。セシルにとって親友だと思っていたヨシュアが、レイスに呪いの手紙を送り、さらにポルティコたち魔物を暴走させたのだ。

 裏切り、という言葉だけでは割り切れない。


(もしも、なにかひとつでもかみ合わなければ……)


 ルティたちとアキルスも同じように決別していたのではないか。

 そう思うと、とても悲しい。


「アキルスは、どうなるんですか? 学校に戻れるんですか?」


 ルティがおそるおそる問うと、セシルはゆっくりと振り返る。


「ヨシュアの協力者だったアキルス・ルーエンは、魔物の卵の危険性を理解した上で、卵の観察し、孵化させようとした。これは重罪である」


「……」


「退学させて、宮廷の監視下に置くべきだという声が多く上がっているんだけどね。竜の卵がそれを拒んでいるようなんだよ」


「え?」


 ルティが驚嘆を上げると、レイスとジェラルドはその話を先に聞いていたのか、なんとも言えない顔で苦笑する。


「この学校に持ち運ばれた卵は、竜の巣を覆っていた鉱石を切り出して加工した偽物だったんだ。本物の卵を確実に孵化させるための実験と、宮廷の動き方を知るために、偽物をつくり出してロシュフォード魔法学校に持ち込んだわけだが……」


 アキルスの献身的な世話のおかげもあって、その偽物が竜の卵としての意志を持ってしまっていた。


「しかも竜の卵は、いまは眠りについているため音沙汰ないが、どんなに距離があろうと、アキルスの感情の変化を読み取ることができるらしくてな。アキルスが取り調べに疲弊したとき、竜の卵も疲れを出したように熱を帯びたのだ」


 ルティはあんぐりと口を開ける。魔物の卵の生態はわかっていないことのほうが多い。竜の卵なんてもってのほかだ。


(つまり、アキルスを無下に扱えば、竜の卵が攻撃的になるかもしれないってこと……⁉)


 セシルはほっとしたような笑みを浮かべる。


「アキルスは監視付きだけど、いままで通りに学校生活を送れるよ」

「本当ですか!」


「ああ。ただ竜の卵は宮廷で守られることになるから、細心の注意を払って様子を見ていかなければならない。それに『竜の黙示録』は本物の卵……というのももう怪しいけど、竜の卵に成りうる石をほかにも持っている。我々はこの石をすべて回収する。ルティリエール、君にも引き続き協力してもらう」


「わかりました」

 ルティは凛とした声で、力強く頷いた。


 休み明けからまた六人がそろう。そのことがなによりも嬉しかった。


(だけど……)

 わずかに顔をしかめる。もうひとつ、心残りがあった。


「最後に、ルティリエール。君の力について話そうか」


 セシルがその気持ちを汲み取ったかのように告げた。ルティはゆっくりと顔を上げ、目を据える。


「わたしは、ダリアトルムの鍵の保持者なのですか?」


「ああ、そうだよ。竜の出現と同時期に世界のどこかにあらわれ、国によっては聖女や巫女と呼ばれているが……ダルク王国では『銀朱の救世主』と呼ばれている」


 ルティは息を呑むことしかできなかった。身を硬直させると、レイスがルティを支えるように右肩に触れる。


 その熱を求めるように、ルティはレイスの手に触れた。


「竜が世界に災いをもたらすなら、鍵の保持者は世界の力の『解放』と『封印』を繰り返し、安寧に導く者と呼ばれている。君の体が弱く、魔力量が控えめなのは、まだ鍵の器として成長しきっていないからだ」


 すると、ジェラルドが口を挟む。


「ルティがレイスに触れ、呪いが緩和されたとき、私はそなたに『鍵の保持者』としての片鱗を見た。だからそなたとレイスの魔力の相性がいいとでっちあげ、二人を観察させてもらった。『朱銀の救世主』の力を悪用させないためにも、王族はかの者を保護する役目があるからな」


「……そう、だったんですね」


 ルティはレイスのほうを見上げる。


(わたしがレイスの呪いを緩和できたのは、無意識のうちに彼の魔力を『解放』していたから?)


 じゃあ、三年前はどうだったのか。


(レイスはドラゴンライトの短剣に導かれて、竜を退けた)


 だけど、彼の過去を聞いているかぎり、幼い頃から正義感は強かったが、特別な力はなかったはず。


(わたしがレイスの背中を押して、その潜在能力を『解放』したから、レイスは英雄となったの?)


 ルティはこれでもかと目を見開く。

 もしそうだとしたら。あの日、竜だけではなく、たった二人の子どもが、大勢の人生を変えていたことになる。


 ルティとレイスの出会いこそ、運命という名の呪いみたいじゃないか。


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