第六章 『その剣は、長剣と成った』
ルティはほっとしたように口角を上げる。
「待ちくたびれたよ」
そう告げると、ルティを拘束していたアキルスの腕がこわばる。
「なんだよ、そのマナの量は……魔力が戻ったのか?」
「ああ、おかげさまでな」
レイスがふっと微笑むと、アキルスは舌打ちをして、彼に見せつけるようにルティの首筋に水晶の破片を当てる。
「動くな。ルティがどうなってもいいのか⁉」
するとレイスは氷のように冷え切った表情を浮かべ、腕を組む。
「お前がその気なら、俺にも考えがある」
「なんだと……?」
「俺が本気を出せば、お前がルティに危害を加える前に床に押さえつけることができるし、いますぐその足元にある竜の卵も奪うことができる」
「……英雄らしからぬ発言だね」
「ああ。自分でもそう思うよ。だからアキルス、喧嘩しよう」
これにはアキルスだけではなく、ルティもぽかんと口を開ける。
「はあ⁉ こんなときになにを言っているんだよ!」
我に返ったアキルスがツッコミを入れると、レイスはきょとんと首を傾げる。
「俺たちはそれぞれの大義のために動いている。そうだろう?」
ルティは小さくうなる。確かに彼の言う通りだ。レイスは王国のために、アキルスは竜の卵のために、こうして敵対している。
「アキルス、お前はこのあいだ俺にこう言ってくれたよな。『時には自分自身の大義のために、大切な人を遠ざけてでも前に進まなければいけないときがあるはずだ』って。あれはお前自身の後悔であり、心から俺とルティを心配してくれたから出てきた言葉なんだろう?」
「――そんなわけがないだろう‼」
アキルスの叫び声が円塔にこだまする。
「おれは君のことなんて大嫌いだ! 気遣うことなんてあってはならないんだよ‼」
「はは、それがアキルスの本音か」
そういってレイスは拳を握り締め、右足を前に出して半身に構える。
「だったらなおさら、互いの信念のぶつかり合いといこうじゃないか」
「イヤだ――――‼ 勝ち目ねーもん‼」
アキルスはこれでもかと悲壮な叫び声を上げるが、ハッと鼻で笑った。そして「時間稼ぎに付き合ってくれてどうもありがとう」と呟く。
(え?)
ルティが息を呑んだとき、円塔の空気がより一層冷ややかなものに変わる。やがて二階の床が崩れて塵となり、いくつかの線状の渦となって頭上を飛び回る。
「ほら、おれたちの破滅がやってきたよ」
「どういうことですか⁉」
アキルスは無表情のままなにも答えない。
塵の渦は円塔の壁に沿うように八本の柱をつくり、パンッとはじけた。
そこには黒づくめの恰好をした八人の男が立っていた。
(まさか、暗殺者⁉)
みな長剣を構えて、ルティとレイスに剣先を向ける。
「レイス、これで形勢逆転だね」
さすがのレイスも分が悪いのか、構えを解いた。だが、エメラルドの瞳は未だ強い光を放っている。
暗殺者は、蛇が獲物を狙うようなわずかな動きでレイスとの間合いをつめる。
レイスはゆっくりと呼吸をしながら、目を閉じた。
敵は四方八方にいる。どこから飛び出してこようが、対処しなければ命はない。
やがて、張り詰めた緊張の糸がプツンと切れる。
真横にいた二人の暗殺者が一気に飛び出してきた。息の合った動きで、剣を振り上げる。
『
レイスは両手をかざして中級の『盾の魔法』を唱え、左右の攻撃をはじき返すと、右側の暗殺者の腕を掴んで自分の体に引き寄せ、左の暗殺者に向けて背負い投げをする。
すぐに別の角度から炎をまとった剣や、まがまがしい光を帯びた剣が襲いくるが、顔色を変えずに、魔法と体術を使ってよけていく。
(……すごい)
防衛術の初回授業の魔法の比ではない。
レイスは制服のローブにすら傷をつけずに、時には華麗にひるがえして相手への目隠しにしたり、その動きは息を呑むほど美しい。
だが、暗殺者たちも簡単にやられるわけにはいかない。少しずつ連携を深めていき、レイスをわざと真上に跳躍させた。
真下からは暗殺者たちの拘束魔法である黒い帯が絡まり合って、隙間なくレイスに襲いかかる。
あとわずかで彼の足を捕らえる。ルティが「危ない‼」と身を乗り出したとき。
『――来い。
瞬きをしたわずかな瞬間、音もなくレイスの右手に剣が収まる。
玉鋼とは違い、鏡のようになにもかも鮮明に映し出すほど澄んだ銀色の刃が、月光によってさらに輝きを帯びる。
(あのときの短剣……ではない?)
レイスの手には、彼の背丈に合った長剣があった。
彼は空中で
「
レイスは改めて
「俺が学生だろうと容赦はするな。俺も全力でやる」
◆
ルティは目の前の光景に息を呑む。
円塔には、レイスの息遣いだけが響く。彼の足元には八人の暗殺者が倒れ込んでいた。その手足には目を覚ましても身動きが取れないよう、拘束魔法がかけられている。
(……瞬殺だった)
レイスが「一人目」「二人目」「三人目」と数えながら暗殺者の急所に
アキルスも動揺のあまり、水晶の欠片を持つ手が震える。
レイスは制服についた土埃を払うと、アキルスに向き合う。
「あとはお前だけだな」
「……くそっ!」
アキルスの腕に力が入る。彼は水晶の破片を真横に動かす。
「!」
ルティの首に氷のような冷たい一線が刻まれると思いきや、思い切り背中を押された。
(――えっ)
床に手と膝をついてから顔だけ振り返ると、アキルスが泣き笑いしていた。
「嫌な思いをさせてごめん。でも信じてくれ。最初からこうするつもりだったんだ」
そういってアキルスは自分の首の動脈を切ろうとする。
『いいこと、ルティ。相手が幽霊だろうと人間だろうと関係ない。姉さんが教えた相手よりも速く動く方法を覚えているわね』
それは入学前に姉から言われた言葉だった。
(うん、体に染みついているよ)
ルティは床に手をついたまま、反射的に片足を真後ろに蹴り出し、アキルスが手に持っていた水晶をかかとで弾く。
それを成功させると、その隙にレイスがアキルスの体を関節技で床に押さえつけた。
「? ⁉」
アキルスは驚いて声すら出ないらしい。
あとは竜の卵を回収すればいい。
ルティは息を整えてから立ち上がり、竜の卵に触れようとする。
(いたっ)
竜の卵の表面が剣先のように逆立ち、いつの間にか指先に切り傷ができていた。
一滴の血が、竜の卵の上に落ちる。すると卵が勝手に揺れ動いた。
「ルティ、こっちへ来い」
レイスが咄嗟にルティの腕を引っ張って卵から遠ざけてくれるが、表面の黒曜石のような結晶の隙間に赤い線の亀裂が入り、どんどんと熱を帯びていく。
やがて、真っ黒な炎を放った。
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