第六章 『君がいたから』
――なんで君たちはまだ一緒にいるわけ?
その言葉に対し、ルティは挑発的な笑みを浮かべる。
「一緒にいたいと思ったから、再び巡り合えたんですよ」
アキルスは眉を寄せ、不快感をあらわにしたあと、ふっと息を吐き出すように笑い出す。
「ルティは本当にすごいな。ごめんな、おれと同じ落ちこぼれ扱いをしちゃって。あはは。それをいうならハーウェイもそうか。おれってば、無意識のうちに君たちのこ
とを見下していたからな」
辛辣な言葉とは裏腹に、どうしてつらそうな顔で笑っているのか。
ルティはぐっと足に力を入れて立ち上がると、アキルスのもとへ駆け寄ろうとする。
「来るなよ」
彼の冷たい声が円塔に響いた。ルティは足を止め、彼をじっと見つめる。
「アキルスは自己肯定感が低すぎるのでは?」
そう告げると、彼の肩が揺れる。
「ずいぶんとハッキリ言ってくれるじゃないか」
「言わないと、あなたには伝わらないと思ったので」
「……言われたところで、おれは素直に言葉を受け取らないよ」
アキルスはきっとこんなときでさえ、ルティに変に気を遣わせてしまった自分のことを責めているのだろう。
「それでも言います。アキルス、あなたの明るさと優しさに助けられた人はたくさんいます。わたしだってそうです。入学当初にシェリルさんに声をかけるきっかけをくれたのはあなただ」
「あれは親切心じゃない。君を利用するための行為だった」
「その一面があったかもしれないけど、確かにわたしはあなたの行動で救われたの‼ それはわたしにとってまぎれもない事実なんだよ‼」
あのきっかけがなければ、ルティはいまもシェリルとわだかまりがあって、レイスの呪いにも気づけなかったかもしれない。
そう思うとぞっとする。
「――違う‼ おれはそんないいやつじゃない。物覚えが悪くて、家族にも見放された、最低最悪な男なんだ」
「アキルス!」
ルティがアキルスに向けて手を伸ばそうとすると、彼は腕に抱いていた竜の卵を守るように後ろに下がる。
「だからこそおれは! アストラだけはおれのように破滅で終わってほしくないから! ちゃんと孵化させないといけないんだ!」
悲痛な叫びを聞いて、ルティは唇を震わせる。
「アストラって、その子の名前なの?」
「そうだよ。いい名前だろう?」
アストラとはダルク語で『流星』という意味だ。竜の卵は災いの塊であるというのに、アキルスは希望を見出しているというのか。
ルティが呆然と立ち尽くすと、彼は竜の卵を床に置き、床に散らばっていた水晶の欠片の中で一番大きなものを手に取った。
無言のまま、それをルティに向けて突き出す。
「協力者が言っていたんだ。本気で孵化させたいなら、マナをもっとも摂取できる満月の夜に人間の生贄を用意してみるのはどうかって。宮廷から追手が迫っている。けりをつけるなら今日しかない」
「……」
「ルティ、君をここに連れてきたのはそのためだ。おれのことをまだ友だち扱いしてくれるなら、最後くらい協力してくれよ」
キャラメル色の前髪からのぞく、湖畔のような青い瞳がいまはにごっていた。
ルティは息を呑んでから、拳を握り締める。
「いやです」
するとアキルスが深々とため息をついた。
「みくびられちゃったのかな」
次の瞬間、アキルスは制服の上着をルティに投げつける。
「!」
咄嗟に制服をどけようと腕を振り上げたとき、アキルスに捕まれた。
そのまま背後を取られ、首に手を回される。男子と女子の力の差もあるが、そこに体格差も加わって身動きが取れない。
ピタリ、と喉に水晶の破片の先が当てられた。
「前から思っていたけど、ルティってさ、背後を取られ過ぎじゃない?」
「……っ」
ルティは顔をしかめて拘束から抜け出そうとするが、びくともしない。
(諦めては駄目だ。なんとか時間を稼がないと)
「時間を稼いだところでレイスは来ないよ」
心の声を読んだかのような発言に、ルティの心臓がドクンと跳ねる。
「あいつはいまも魔法が使えないんだろう? もうすぐ俺の協力者たちも来るし、ここに来たところでなにもできずに痛めつけられるだけだ」
「……それでも彼は来ます」
「なんで」
ルティはこの場にそぐわないほど、呆れたように苦笑する。
「だってそれが――」
◆
レイスは消えゆくアキルスとルティに向けて手を伸ばしたが、彼女の手に触れることさえできなかった。
伸ばした手をゆっくりと下し、胸元に触れる。そこにはエメラルドのネクタイピンがあった。
(こんなおれが、英雄と呼ばれる資格などあるのか)
レイスは考える。
そもそも三年前、どうして自分は竜に立ち向かうことができたのか。
誰かを守りたいという気持ちが常にあったから?
祖父の冒険譚に憧れを抱いていたから?
短剣に込められた魔力が、踏み出せと言っているように感じたから?
竜という危険な存在をまだ理解していなくて、無謀だったから?
もう一度よく考える。
大人が立ち向かっても勝ち筋が見えなかった竜に、なぜ剣先を向けることができたのか。
(たぶん、人が死ぬことも、自分が死ぬことも、嫌だったからだ)
どうせ死ぬなら最期に一矢報いたいとは考えていなかった。生きるために、一歩踏み出したのだ。
ただそれだけの行動だったのに、気づいたら身に余る評価を受けた。
英雄と呼ばれ、褒められる一方で。この三年間、英雄として振舞う中で「どうして俺を助けたんだよ」と怒鳴られたり、「あなたがもう少し早く来てくれたら家族は怪我を負わずに済んだ」と責められたことがあった。
彼らのことを思い出すたびに、人を守ることの難しさにぶちあたる。
(俺にはなにができるんだろう。俺に誰かを守る資格なんてあるのか、本当はずっと不安だった)
だけど、後悔と自責という闇の中を彷徨っていたときにルティと再会し、彼女のおかげで自分の過去と向き合うことができた。
(母さん、あのとき母さんはこう言ったよな)
――知らない人じゃなくて、私たちを守ってよ!
屁理屈かもしれないが、レイスにとって、そのときどきで目の前にいる人たちは、まったくの知らない人ではないと思う。
その人たちにも家族や友人がいて、その家族や友人にもたくさんの知り合いがいて、そうやって人と人の縁は繋がっている。
(母さん、みんな。そばにいられなくてごめん。こんな考え方しかできなくてごめん)
自分を理解してほしいけど、理解してくれなくてもいい。
(俺でさえ、自分の感情なのにわからないことのほうが多いんだ)
でも、それでも。レイスはこの道を選んでしまった。
(だから、守る人が多ければ多いほど自分は強くなれるという気持ちを背負って、前に進もうと思う)
答えは出た。
(俺はみんなのために魔法を使う)
人によってはありきたりな答えだと笑われるかもしれないけど、上等だ。
レイスはゆっくりと目を開ける。
(なあ、ルティ。君はすごいよ。俺がずっと苦しんでいた過去や、魔力封じの呪いさえ解き放ってくれたんだから)
こんなにも気持ちに寄り添ってくれる魔法使いはそうはいない。
彼女は立派な白魔導士になれる。レイスがそれを保証する。
そのためにも、行かなければ。
ネクタイピンをいま一度ぎゅっと押さえたあと、制服のローブをひるがえしながら振り向く。
そこにはジェラルド、シェリル、ハーウェイがいた。彼らの表情に動揺はあったものの、なにかを悲観したり諦めたりすることは一切なかった。
ジェラルドはレイスの変化を感じたのか、勝気な笑みを浮かべた。
「行ってこい。私たちは救援を呼んでくる」
「ああ。頼んだ」
そういって互いの拳を突き合わせる。
「レイス君、これ。外にあった箒だけど、これなら速さが出ると思うから」
ハーウェイが箒をレイスに手渡してくれる。頷きながら受け取ると、シェリルが口を開く。
「二人の居場所はわかるわけ?」
「ルティには黙っていたんだが……ちょっと前にルティと距離を置いたとき、そばにいられなくても守れるよう、こっそり追尾魔法をかけていたんだ」
「あらあら、重い男は嫌われるわよ」
「善処する」
レイスは三人に背を向け、箒に飛び乗った。
◆
ルティはこの場にそぐわないほど、呆れたように苦笑する。
「だってそれがレイスだから」
その瞬間、円塔の扉の隙間から銀色の光が差し込んだ。
光は魔力の源であるマナだった。扉がゆっくりと開いていき、おびただしいほどの光の粒が流れ込んでくる。
そして、一人の男が現れる。
よく磨かれた革靴に、しわひとつない白シャツと黒い制服。
一年生の明かしである緑と黒のストライプのネクタイを身に付け、チャコールのローブを優雅にたなびかせる。
星の砂をちりばめたような銀髪が光を浴びて輝きを増し、エメラルドの瞳はルティとアキルスをとらえていた。
「悪い、待たせたな」
彼の名はレイス・リーデロウェル。ダルク王国の若き英雄だった。
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