第六章 『計算高い人』

 ――いま、その屋根裏部屋を使っているのはアキルスなんだ。


 ルティを含め、誰もが絶句する。

 一番早く口を開いたのはレイスだった。


「寮の名簿にはアキルスの名前で登録されていないぞ」

「うん。だって手続きをしていないから」


 そういってハーウェイは「入学式の次の日くらいかな。アキルスと仲間たちが話しているところを偶然聞いちゃって」と語り出す。


「屋根裏部屋を使っていた子が、部屋から変な音がするってアキルスに相談していてさ。そしたらアキルスが『多分闇の精霊のせいだと思うよ。精霊に出会ったときの対処法なら知っているから、しばらく部屋を変わろうか?』と言っていて」

「⁉」


 一見するとアキルスらしい気遣いだが、なにか別の思惑が含まれているのか。


「彼らは爆発騒ぎを起こした負い目もあるから、これ以上、寮の事務員さんたちに文句を言われたくなくて、勝手に部屋替えをしたことを黙っているんだと思う」


「なるほど。だから俺たちが書類を調べても不備はなかったということか。だが、アキルスとその仲間たちが屋根裏部屋に行くのを見たことがあるぞ?」


 レイスはそう口に出してから、「待てよ。みんなで屋根裏部屋へ遊びに行くふりをして自分の部屋に戻ることもできるのか?」とうなった。


 するとハーウェイは気まずそうにうつむく。


「……僕たち平民はさ、やっぱりレイス君やジェラルド君に話しかけられると、すっごく緊張しちゃうんだよね」


 あ! いまは人柄も知っているし、互いに言いたいことも言い合えると思っているよ、と付け足す。


「それでもさ、入学当初に声をかけられたら、二人に目を付けられたくなくて、自分をよく見せようと嘘をついてしまうことのほうが多いんじゃないかな」


「……そうか。もし屋根裏部屋に怪しいものが置かれていたとしても、爆発騒ぎを起こした負い目と部屋を変わってくれたアキルスへの恩義もあって、俺たちに『変わったことは特にない』と言ったわけか」


「うん。そういうことです」


 再び沈黙が流れる。アキルスほど会話術が巧みであれば、それくらいの人心掌握は朝飯前なのかもしれない。


(アキルスを疑いたくない……だからこそ)


 ルティは立ち上がると、明るい声を出す。


「アキルスの潔白を晴らすためにも、いま一度みんなで聞き込みをしてみませんか?」


 誰もが同じ気持ちだったのか、顔を見合わせてから立ち上がった。




 ルティとシェリルは男子寮に入れないため、正門の前で待つ。

 レイスたちが改めて部屋裏部屋について聞き込みを行い、もし部屋にアキルスがいれば問い詰めるつもりだった。


 しばらくして、男子三人が複雑そうな表情で寮から出てきた。

 ルティはレイスのもとへ駆け寄る。


「その顔を見ると、アキルスには出会えなかったんですね?」

「ああ。まだ帰っていなかったよ」


「それで、聞き込みのほうはどうだったのよ」


 シェリルの言葉にジェラルドとハーウェイが顔を見合わせる。


「爆発騒ぎが起きる前にアキルスと同室だった生徒から話を聞くことができたのだが」

「黒曜石のようなかなり大きな塊を持っていたらしいんだ」


 ルティとシェリルが顔をひきつらせる。


 どうやらもともと同室だった生徒が『どうしたんだよそれ』と聞いたら、アキルスは『親父が持って行けってうるさくってさ』と言ったらしい。

 だからその生徒はなんの疑問を持っていなかったのだ。


 そもそも魔物の卵を目にする機会がほぼない。わからないのは当然だし、アキルスの父親は鉱物学者だ。鉱石を堂々と持ち込んでいてもおかしくはない。


「でも孵化させるには屋根裏部屋では不向きですよ?」

「ああ、だから夜な夜な外へ抜け出しているはずだ」


 そこで今度は屋根裏部屋の窓に面した、寮の裏側を訪れる。あまり整備されていないのか、大木がいくつかあり、屋根裏部屋の窓の近くまで太い枝木が届いていた。


 レイスは制服のローブを身に付けたまま器用に木に登り、屋根裏部屋から木に飛び移れるのかを確認する。


 降りてくると「木の表面に部屋から飛び移った跡があった」と告げる。ルティも頷き「そのようですね。木の根元にも着地した跡がありましたよ」と地面を指さす。


 表面は細かい砂で覆われているが、靴でずらしていくと、何度も着地して踏み固められた靴痕がくっきりと残っていた。


「足跡をたどってみましょうか」

「そうだな」


 そういってルティとレイスは駆け出す。背後からジェラルドの「あの二人、頼りになるな」と感心した声が聞こえた。


 寮は四方を鉄の柵で覆われているが、一部だけひと一人が通れる空間があった。通り抜けると森に差し掛かる。


 少し進んだ先に、古びた小屋があった。周囲には薪が置かれている。ジェラルドが「これはずいぶんむかしの管理人室だな」と教えてくれる。


 もしかしたらこの中に竜の卵があるのかもしれない。誰もが息を呑み、音をたてないように近づく。


 シェリルが小屋の扉に手をかざし「まじないや結界はかかっていないようね」と小声で告げる。


「俺が最初に行く」


 レイスは指で「3、2、1」とカウントを取り、勢いよく扉を開ける。


 中には誰もいなかった。机と椅子が置かれているだけだが、椅子をずらしたようなほこりの跡があった。誰かが足を踏み入れているのは間違いない。


「ねえ、こっちの壁から風の流れが変わっているよ」


 ハーウェイが指さしたのは、なんの変哲のない木の壁だった。しかし目を凝らすと、一部だけ木目と木目の隙間がほかよりも深いところがあった。


 レイスが何度かそこを叩くと、ドアノブが現れる。そのままドアノブを掴み、思い切り押す。


「これは……?」


 そこにあったのは、宙に浮く青白い水晶だった。部屋の中は狭くて真っ暗だったが、水晶がくるくると回りながら光の粒を周囲に散らす。


 幻想的な光景に思わず見入っていると、青白い光が増していく。それを見て、ジェラルドが叫ぶ。


「みな! 離れろ! それは転移装置だ!」


「もう遅いよ」

 その声は春の日差しのように温かい声だった。


 反射的に振り向こうとしたとき、ルティの体が浮く。誰かに抱きかかえられたのだ。


(えっ)


 最後に見えたのは、レイスが必死に手を伸ばす姿。


 ルティも手を伸ばすが、指先すら触れ合うこともできず、視界が暗転した。

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