第六章 『この学校で一人になれる場所』

 ルティがシェリルとハーウェイに、レイスの呪いのことや竜の卵のことまで話すと、二人は驚愕のあまりぽかんと口を開ける。


 特にシェリルは唇を振るわせ、レイスとジェラルドを交互に指さす。


「あ、あんたたち! よくもルティをもてあそんだわね‼ その場に座りなおしなさい‼」


 これにはレイスとジェドは返す言葉もないようで、素直に床に膝をつけた。

 ルティは慌ててシェリルの腕を掴む。


「あの、シェリル。わたしは大丈夫だから。すでにかなりの文句も言ったし」

「友だちのあたしの気が済まないのよ。特にレイス‼」


 シェリルは腕を組み、貫禄のある立ち姿で彼を見下ろす。


「あなた、ルティに対してどう責任を取るつもり?」


(え⁉ 責任⁉)

 レイスはどう答えるのだろうか。固唾を呑んで見守っていると、レイスは目を据える。


「しかるべき責任はいずれ取る」


 堂々と告げられた言葉に、ルティがわずかに頬を赤く染めると、彼もまた照れ臭そうに顔をそらした。


(え、ええ⁉ だ、駄目だよ。そんな顔をされると、期待しちゃうから)


 ハッとして周囲を見回すと、ジェラルドとハーウェイの顔が心なしかニヤニヤとしていた。

 シェリルもふっと微笑むと、ソファに足を組んで座る。


 レイスとジェラルドが頃合いを見て立ち上がろうとするが、彼女から「まだ姿勢を崩さないことね」と言われる。


「話は終わっていないわよ。あたしの毒薬を使って無茶をしたことも言及しておかないと」


 彼女の言葉にルティはぎょっとする。


「もしかして、入学式後にシェリルの帰りが遅かったのは、毒薬をつくっていたからだったの⁉」

「ええ、そうよ」


 思えば、次の日の朝にハーブのようなすっきりとした香りが漂っていた。あれは毒薬を調合した香りだったのか。


「でもどうしてシェリルが毒薬を?」

「あー……、あたしの実家は王領にあるから。入学前からジェラルドと知り合いでね、どうしても必要っていうから作ってあげたのよ」


 ルティはシェリルの入学経緯を知っているため、もしかしたらジェラルドとなにか契約したのかと邪推するが、それを聞くのは今ではない。


 するとハーウェイがにっこりと微笑んだ。


「ジェラルド君に頼まれ事をされるなんて、さすがシェリルさんだね!」


 これにはシェリルは毒気を抜かれ「まあね」と弧を描く。


「それで、レイス。お味はいかがだったかしら?」


 彼女が冗談交じりで告げると、レイスは考えるそぶりを見せてから、曇りなき眼で答える。


「最高にまずかった」

「当たり前でしょ! まったく」


 シェリルは深々とため息をつくが、英雄と王族を相手に立ち振る舞う彼女の姿に、ルティとハーウェイは胸元を押さえて「カッコいい……」と呟いた。


 ややあってシェリルのお許しが出たため、ルティとレイスとジェラルド、シェリルとハーウェイに分かれてソファに座る。


「俺の呪いのことは気持ちの問題だからひとまず置いておいて、まず竜の卵の行方について話をしたいのだが、どうだろうか」


 レイスが気まずそうに口を開いた。

 ルティは素っ気なく「そうですね」と言いつつも、彼の手の甲をやんわりとつねり、いつでも行動できるように魔力補給をする。


 それを見たシェリルが「あら、いい感じに尻に敷かれているのね」と呟くと、レイスの眉間のしわが深くなる。


「……シェリルとハーウェイはそういった話を聞いたことがあるか?」

「あたしは特にないわね」

「僕もないなあ」


 二人とも小首を傾げてから、自分の考えを述べていく。


「でも学校内で卵を孵化させるなんておかしな話だわ。あたしだったら、そんな稀少なものをこんな辺境地じゃなくて、もっと設備が揃っている場所で孵化させるけど」


「でもシェリルさん、ロシュフォード王立魔法学校ならある程度の設備や道具が揃っているんじゃないのかな?」


「まあ教師たちの研究室なら環境が整っているかもしれないけど、生徒の出入りがあるわよ?」


 シェリルが怪訝な顔で告げると、ジェラルドが同意するように頷く。


「この学校に潜入中の諜報員に聞いたところ、すべての研究室を廻ったようだが、怪しいものはなかったと報告があった」

「ふうん。それで、潜入中の諜報員って誰よ」


 シェリルが鋭い声で問うと、ジェラルドは人差し指を口元に当てる。


「内緒だ」

「あっそ!」


 ルティも諜報員の正体は聞かされていない。


(たぶんレイスは知っているだろうけど)

 彼の横顔を見るに、いつもより表情に険しさがないので、気が知れた人なのかもしれない。

 ルティは改めて思考を巡らせる。


「学校の中で一人きりになれる空間なんて、この場所くらいではないでしょうか?」

「ああ、俺もそう思う」


 レイスが小難しい顔をすると、ハーウェイが「あっ」と声を上げる。


「どうしたんですか?」

 ルティが問いかけると、ハーウェイは何度か口を開閉したあと、おそるおそる告げる。


「入学式があった日の夜に、男子寮で爆発騒ぎがあったことを覚えている?」


 ルティたちは顔を見合わせて頷く。


「ええっと、確か入学祝いとして一年生が部屋の中で花火をして騒ぎになった、と聞きましたけど」


 ジェラルドからは部屋替えが発生したが、問題はないという説明を受けていた。

 そうですよね? と彼に視線を向けると、腕を組みながら首を縦に振った。


「部屋は基本的に二人一組だ。ただ今年の一年生は奇数でな、爆発騒ぎを起こした二人のうち、一人が奇数で余っていた生徒と同室になり、もう一人が予備の屋根裏部屋に変更されたのは知っている。そうだな、レイス」


「ああ。屋根裏部屋を使っている生徒を調べてみたが、彼に怪しいところはなかった」


 ジェラルドとレイスが説明してくれるが、屋根裏部屋を使っている生徒の名前を聞いたとき、ルティは首を傾げる。


(あれ? アキルスといつも一緒にいる人だ)


 ドクンと鼓動が鳴り響く。どうしてこんなにも嫌な予感がするのか。


 一段と部屋の中が静まり返ったとき、ハーウェイが「あのさ」と弱々しい声を出す。


「いま、その屋根裏部屋を使っているのはアキルスなんだ」

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