第六章 『繋がる想い』
ルティは何度目かわからないため息をつく。
(やる気がでない……)
契約魔法を解消してから、授業に身が入らなくなった。もうすぐ筆記試験があるというのに、まったく集中できない。
ランチタイムになっても席を立つ気力もなく、窓を見つめてぼうっとしていると、少し離れたところにいる女子生徒がささやき出す。
「元気がないところを見るに、レイスさまから愛想をつかされたのかしら?」
「じゃあ、レイスさまに近づく好機じゃない!」
ルティはそれを聞き、顔にしわを寄せて「ぐっ」とうなる。
(いいよ、もう。レイスの呪いが解かれれば、これまで頑張ってきた意味はあるから)
だが、あのあと呪いが解かれたのか、レイスにもジェラルドにも聞けずにいた。
心のどこかで彼らのほうから報告があると思っていたが、目が合っても挨拶くらいで会話はほとんどない。それに筆記試験が近いということで、レイスが人前で魔法を使う機会がなくなり、判断がつかないのだ。
「……はあ」
「ちょっとルティ」
ゆっくりと顔を上げると、腕を組んで立っているシェリルがいた。
「早く食堂に行かないと、人気のメニューが売り切れちゃうわよ」
「あ、そっか。もうお昼か」
気が抜けた返事をすると、シェリルは「ほら、行くわよ」とルティの腕を掴んで引っ張り上げる。
ロシュフォード王立魔法学校の校舎には食堂がふたつと、カフェがひとつある。
シェリルが連れて行ってくれたのは、食事のマナーも学べる落ち着いた雰囲気のエレガンス食堂だった。
「ほら、ここで美味しいものでも食べて、試験期間を乗り越えるわよ!」
彼女はルティの落ち込んでいる理由を訊いてはこなかった。ルティから話してくれ
るのを待っているのだろう。その心遣いがありがたかった。
ルティとシェリルがテーブルに座ると、給仕がメニューを持ってきてくれる。
「あたしは魚介とトマトベースのペスカトーレのパスタにしようかしら。ルティはどれにする?」
「わたしはこれにします」
ルティがためらいなく指さしたのは、ステーキランチだ。
学生のお小遣い三か月分という、この学校で一番高いメニューである。
最高級の霜降りの牛肉が使われ、外はほどよく焼き目がつき、中は薄紅色のレアになるよう仕上げられる。岩塩と黒コショウだけで味付けされていて、それだけでもペロッと食べることができるが、あとがけのすり下ろした野菜と果物のソースや、メープルバターをつけて食べても絶品だ。
注文を終えたとき、周囲がかすかにざわついた。「ふとっぱらね」「というより、レイスさまからの手切れ金があるんじゃない?」と言われたが、いまは気にしない。
険しい顔のまま料理の到着を待つと、ジュウ~という音と共にかぐわし香りをまとったステーキが届けられる。
念願の一番高い学食にごくりと喉を鳴らし、いざフォークとナイフを手に持つ。いつもよりも大きな一口サイズをつくり、思い切り頬張る。
(んふふ、おいしい)
美味しすぎて笑みがこぼれる。肉が口の中ですぐに溶けてしまうため、味わうように噛みしめていると、対面にいたシェリルがほっとしたように微笑んだ。
◆
「シェリル、心配かけちゃってごめんね」
「いいのよ、これくらい」
放課後になってもシェリルはルティのそばにいて、教室までついて行ってくれたり、いろいろと気にかけてくれた。
「そろそろ勉強の遅れを取り返さないとね」
そう苦笑すると、シェリルが大げさに「あっ!」と声を上げる。
「だったら、ハーウェイからおすすめの勉強場所を教えてもらったから、いまから行ってみない?」
「? いいけど」
シェリルが案内してくれたのは、校舎と校舎の隙間にある、蔦に覆われた小道だった。この先を進めば中庭となっており、広葉樹のふもとにはポルティコがいた。
(防衛術の一件で、ポルたちは学校の地下で拘束されていると聞いたけど……)
この学校の生徒の中には三年前の竜の顕現により、魔物に対して強い恐怖心を抱いている人もいるが、学校内の雰囲気はわりと落ち着いていた。
それは上級生が一年生を気遣って、「うちらの代もヤバかった。というか、どの時代もヤバイ」と珍エピソードを繰り出して、場を和ませてくれたからだ。
(みんなポルたちの帰りを待っている)
いまはセシルたち教師陣の対応を信じるしかない。
蔦に覆われた隙間を進んでいくと、中庭に出た。広葉樹の葉がはらりと地面に落ち、黄色い絨毯をつくっている。
ルティは目の前の光景を見て、足を止める。
石のベンチに、控えめに片手を上げて挨拶をするハーウェイと、不服そうな顔のジェラルドが座っていたからだ。
(え、どうして二人がここに?)
困惑して言葉をつむげずにいると、シェリルが拳を握り締める。
「よし! よくやったわ、ハーウェイ!」
するとハーウェイも嬉しそうに拳を突き上げる。
「そっちもうまく合流できてよかったよ」
よく目を凝らすと、ハーウェイはジェラルドの片腕を掴んで拘束している。
(……ああ、ジェドの顔が)
突然のファンサービスに舞い上がりたい気持ちと、簡単に捕まってしまった自分のちょろさに呆れる気持ちがせめぎ合って、顔が不自然なほど歪んでいる。
ルティは不安そうな顔でシェリルを見上げる。
「シェリル、これはどういうことなの?」
「それはこっちの台詞だわ」
シェリルはルティの顔をのぞき込むように、身をかがめる。
「あなたたちが裏でコソコソと行動しているのは知っていたわ。でもあたしにとって領域外のことだと思って様子を見守ってきたけど……もう限界」
そういってシェリルは菫色の瞳を細める。
「友だちが悲しんでいるとき、黙って寄り添うことも大切だとは思う。だけど時には一緒に戦いたいのよ」
「僕も同じ気持ちだよ」
声を上げたのはハーウェイだった。
「僕にできることはほとんどないかもしれないけど、互いに補っていけばいいと教えてくれたのはルティさんたちだ。だから」
ハーウェイはジェラルドと向き合い、上目遣いをする。
「ジェラルド君、僕たちにも事情を教えてくれないかな……?」
「……ちょっとそれはずるいぞ、ハーウェイ」
ジェラルドはこれでもかと眉間にしわを寄せ、シェリルに向かって叫ぶ。
「おいシェリル、これはそなたの入れ知恵か?」
「違うけど」
「なっ」
「それがハーウェイの本心なんでしょう。素直に受け取ったら?」
「……うぐっ」
ジェラルドはやがて観念したように、はあと息を吐き出す。
「二人とも、巻き込まれる覚悟はできているか?」
「うん。もちろんだよ」
「望むところだわ。ここにいないアキルスもきっと同じ気持ちよ」
そういえば彼の姿がない。ルティがきょろきょろとすると、シェリルが「最近のあいつ、忙しいみたいでなかなか出会えないのよ」と告げる。
「そうか。『闇鍋班』の全員が揃わないのは残念だが、その覚悟、しかと受け取った」
ジェラルドは制服のローブをたなびかせながら振り返り、広葉樹に手を沿える。
呪文を唱えると、隠し部屋に繋がる黄金の扉が現れた。
「たまにあなたたちの姿を見かけないと思ったら、そういうことね」
「もしかして人が行方不明になる怪奇現象ってこのこと?」
ハーウェイの言葉に、ルティはそんな話もあったなと思い出す。その怪奇現象を生み出したのが王族だったとは。奇妙な話もあるものだ。
ジェラルドが扉を開け、みんなで中に入る。
そこにはソファに座っているレイスがいた。彼は一瞬だけ目の前の光景を疑うように目を細めたが、ガタッと音を立てて立ち上がる。
「な、なんでここにお前たちがいるんだよ⁉」
するとジェラルドがピースサインをつくった。
「私が許可したのだ」
「そりゃそうだろうな‼」
キレ気味で叫ぶが、ルティと目が合うと気まずそうに顔をそらされた。
重々しい沈黙が流れる。ややあって、ジェラルドがこの変な緊張感を解くようにパンッと手を叩く。
「さて、ルティ。ここでひとつ報告しておかなければならないことがある」
「おい! やめろって」
レイスが慌てて身を乗り出すが、なにかを察したシェリルとハーウェイが彼の肩を掴んで動きを止める。
その隙にとばかりに、ジェラルドは苦笑する。
「実はレイスの呪いはまだ解かれていないのだ」
ルティはぽかんと口を開ける。
「……え?」
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