第五章 『しょうがない』

 いつかこのときが来るとわかっていた。

 でも、レイスの呪いが解かれて事件が解決したときだと思っていた。


 ルティは震える唇からなんどか声を絞り出す。


「わたしはまだ、頑張れるよ」


 なんて情けない声なのだろう。


 レイスのことだから、ルティの身を案じて契約魔法の解消を申し出たのだろう。彼を安心させるために笑みを浮かべようとしても、上手く笑えない。


(このままだとレイスが離れていってしまう)


 ルティはレイスをつなぎとめるために、彼の右手を掴む。彼は振り払おうとはしなかった。

 その代わり、淡々と告げる。


「ジェド、頼んだ」

「――え」


 振り返ると、ベッドを囲んでいた間仕切りの向こう側からジェラルドが現れた。

 ルティは顔をひきつらせ、一拍置いてからレイスの襟元に掴みかかる。


「どうしてこんなことをするの⁉」


 彼は目を伏せて、ただ「……ごめん」と告げるだけだった。


「悪いと思っているならやめてよ‼」


 喉がひりつくほどの悲痛な叫びを上げても、レイスの決意は変わらず、しまいにはルティの両腕を掴み、身動きが取れない状況にする。


 そして背後からジェラルドが迫りくる。


「いや、いやです‼」

 抵抗しようとしてもすでに『冠の魔法』が執行されつつあるのか、体に力が入らない。

 ルティは切迫した声を上げる。


「身勝手! 薄情者!」

「そうだな。都合のいいように扱ってごめん。だけど、これだけは言わせてほしい」


 レイスは身をかがめ、ルティと視線を合わせる。


「ありがとう。ルティのおかげで過去にけりをつけることができた」


 その言葉に、ルティはハッと目を見開く。わずかに動きを止めたとき、ジェラルドが背後から両手を伸ばし、ルティの首元に触れた。


「――あ」


 するり、とネックレスが外されたような感覚がした。


「これにて契約は解消された。そなたは内情を知りすぎているが、口封じなどしなくても口外しないとはわかっている。ほとぼりが冷めるまでゆっくり休んでくれ」


 そういってジェラルドはルティの肩を優しく叩いてから踵を返す。レイスもそのあとに続くように背中を向けた。


 なにか言いたいのに、なにも言葉が出てこない。


 ルティが立ち尽くしたとき、ちょうど医務室の扉からセシルとマファーが現れた。

 レイスは無言のまま彼らに近づき、目の前に立つと緊張感のある声色で告げる。


「先生方にお願いがあります」


 セシルとマファーは困惑した表情で顔を見合わせたが、この場のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、一段と顔を引き締める。


「どうした」

「なんでも言ってごらん」


 そしてレイスは二人に対し、深々と頭を下げた。


「どうか、俺を助けてください」





 しばらくして、扉が閉まる音がした。

 セシルとマファーがレイスたちから事情を聞くために、医務室を出ていったのだ。


 ひとり取り残されたルティは、その場に呆然と立つ。


(……よかった。レイスがやっと大人に頼ることができるようになった)


 実感はまだ沸かないが、彼の胸の中に巣くう思い込みという呪いが解かれた証拠だろう。


(セシル先生とマファー先生ならレイスの呪いを解く術を知っているはず)


 彼らに任せておけば安心だ。いまはそう信じるしかない。


(そうだよ、最初からわたしには手に負えないことだったんだよ)


 その中で、魔力供給と生徒の監視さえできれば十分だった。ルティは立派に自分の役目を果たしたのである。


 でも、とルティは唇にいびつな弧を描く。魔力封じの呪いも、竜の卵の行方も、解決するまでレイスたちのそばにいたかった。


(しょうがないよね。わたしには力がないから)


 わかっている。わかっているけど。

 いまはレイスの成長を素直に喜べない。


(わたしって最低だ)


 強欲で、いつも彼に対してうぬぼれていて。明らかな線引きがあるというのに、まだ彼のそばにいたいと思っている。


「う……うあっ、うああぁぁぁあ」


 みっともなく嗚咽を漏らし、ルティはその場にしゃがみ込んで泣きじゃくる。

 彼の隣に立ちたかった。ただそれだけだった。

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