第五章 『せめて、仲間に恥じない自分であれ』

 ルティは『宝探し』の試験が行われるスタート地点に立つ。


 周囲には深々とした森が広がっているが、コースは三つに分かれていて、ルティたち『闇鍋班』は左端の『魔物・五匹、道の障害物・簡単そう、道の長さ・普通』というコースを選んでいた。


 実際にコースを目の前にすると、高々と伸びる木々によって視界が薄暗く、道はほとんど整備されていない。きっと長く伸びた草が足を絡めとるだろう。


(あとはこの先に高低差のある岩肌が少しだけ続いている。これで障害物が一番ないのかあ)


 その上で魔物が五匹も待ち構えている。難易度の高いコースだが、意外と緊張はしていなかった。


 ルティはふと視線を感じ、振り返った。

 ハーウェイがこちらを見ていたのだ。きっと大丈夫だよ、という意味を込めて親指を立てると、彼は一段と顔を引き締めて頷いてから、レイスに近付く。


「レイス君」

「どうしたんだ?」

「その…………」


 やはり彼を目の前にすると複雑な心境から言葉が継げないのか、目を伏せてしまった。するとレイスはふっと口元を緩め、ハーウェイの肩を叩く。


「空を飛ぶ上での心構えとか、なにかアドバイスがあれば教えて欲しい」

「……! もちろんだよ」


 ハーウェイは肩の力を抜き、レイスに風向きが変わったときの箒の操作方法などを話していく。


 ルティは二人のやり取りを見て顔を和ませる。


(わたしたちは前とは違う)


 ややあって、スタート地点には準備運動を終えたジェラルドや、しっかり給水をしてきたシェリルや、靴紐を結びなおしたアキルスがやってくる。


 そして、レイスとハーウェイも横並びに立つと、みんなでコースを見つめる。


「君たち、準備はいいね」

 一連の様子を見ていたセシルが、期待を込めた目で微笑む。

 ルティたち六人は「はい!」と返事をする。準備万端だ。


「よし。では始めようか」





 ルティはリズムよく息を吸っては吐きながら、足を前に前に進める。


 序盤から大熊の魔物がコースに立ちふさがったが、レイスの空からの適格な指示のもと、安定感のあるジェラルドと、彼の補佐に入ったシェリルの『盾の魔法』によって、みんなで切り抜けることができた。


「宝箱が見えた! そのまま真っすぐ進め!」


 レイスの言葉に気を引き締める。やがてルティたちの肉眼でも、見晴らしのいい岩が積まれた高台の上に、トランクより二回りほど大きい宝箱が見えた。


 宝を持つ役はハーウェイとアキルスだった。ルティとジェラルドとシェリルで彼らを守りつつ、ゴールを目指す。


「帰り道のほうが魔物が多い! 俺も補佐する。みんな、気張れよ!」

 空からの指示に、ルティが頷こうとしたときだった。


 ――ズドンッ‼


 背後の森の中から砂埃が舞い上がる。しばらくして、地面が揺れた。


「いまのは……スタート地点の方向?」

 ルティが足を止めると、アキルスも首を傾げる。


「ポルたちの攻撃なのか?」

「でも次の班は僕たちがゴールしてから出発するんだよね?」

 ハーウェイの言葉に、場は静まり返る。


 ジェラルドは眉間にしわを深く刻む。

「様子がおかしいな」


「そうね……て、この匂い」

 シェリルが菫色の瞳を鋭くさせる。


「みんな下がって! 瘴気がくるわ‼」

 風向きが変わった。背後の森の中からなにかがせまり来る。


 ルティは咄嗟に両手をかざし、唇を動かす。


『聖なる加護を、我らに!』


 空まで包むように真っ白な光が輝く。気休めだが、これで瘴気を肺に吸い込んだり触れたとしても、すぐには魔症にならずに済む。


「――えっ」

 ルティは目の前に現れたなにか、、、の姿を見て、目を見開く。


 巨大なチンチラだった。


 ふわっふわの灰色の毛並みは剣山のように逆立ち、大きな金色の瞳はにごり、きゅっと縮こまった手には鋭い爪が伸びる。そして体には微量の瘴気をまとっていた。


(ポル、なの?)


 誰もが動揺する中、ハーウェイが取り乱す。


「待ってよ、学校にいる魔物は契約によって瘴気を発さないんじゃなかったの⁉」

「……その契約が揺らいだということだろうな」

「ジェド! 上からも来るぞ!」


 レイスの声に空を仰ぐと、大鷲の魔物がこちらにめがけて突進してきた。


 すぐにレイスが箒を操作して大鷲の魔物をひきつけてくれるが、彼の魔力には限りがある。なんとかして接触し魔力を供給したかったが、ポルティコがそれを許してはくれない。


 フシャァァァァア‼ と威嚇したあと、こちらに突進してきたのだ。


 ハーウェイとアキルスが宝箱をポルティコに投げつけるが、俊敏な動きでよけられてしまった。

 しかも大きく飛躍し、シェリルの頭上に迫る。


「! 『盾よスクート』」

 彼女は『盾の魔法』を発動させながら後退し、木々の影に身をひそめる。


「あたしは大丈夫! そっちも気を付けて!」

 彼女なりの気遣いだろうが、アキルスは冷や汗をぬぐい「そうはいっても」と吐き出す。


「ポル! わたしです!」

 ルティは必死にポルティコに呼びかける。ポルティコはピクッとまあるい耳を動かし、ゆっくりと振り返る。


『……』

「ポルティコ‼ 正気に戻って!」


 だがポルティコは威嚇するだけだった。


 そのとき、上空から不自然に風を切る音がする。レイスが魔力切れにより地上に落下したのだ。

 彼は受け身を取るように地面に転がってから「クソッ」と吐き出し、すぐに立ち上がろうとするが、ポルティコと大鷲が彼に狙いを定める。


「レイスッ‼」


 ルティが駆け出したとき、背後で誰かがこの場にそぐわないほど悠然と笑った。


「ルティリエール、そのまま真っすぐ駆けろ!」

「ジェド⁉」


 ジェラルドは優雅な手つきで前髪をかきあげたあと、左手を空に向かってかざす。


「これが私の本気だ」

 一瞬にして空気が張りつめ、金の瞳が空を捉える。


『雷よ――落ちろ!』


 彼が手を振り下ろすと、ポルティコと大鷲のあいだにピシャッと雷が落ちる。


 同時にルティはレイスの頭を抱え込むように包み込み『盾よスクート!』と叫んだ。


 ポルティコは後ろに跳ねて回避し、大鷲は空に舞い上がり、そのまま様子を見るようだ。その隙にルティとレイスは互いの体を支えながら立ち上がる。


「ジェド、やるじゃないか」

「ええ、本当に」

「君もな。助かったよ。ありがとう」

「ごほっ、いえ。間に合ってよかったです」


 だがこのままではらちが明かない。


「こっちに二匹がいるということは、スタート地点のほうに残りの三匹が向かった可能性が高いですよね?」

「ああ、だからすぐに救援は来ないだろうな」


 ただ、とレイスは小さく言葉を吐き出し、苦渋に満ちた表情を浮かべる。

 彼は魔物を殺す術を持っている。魔力さえ供給できれば実行できるが、最後の最後までその手札は使いたくないのだろう。


「ルティ」

 そういって、彼はルティを背中から包み込むように右手に触れる。


「君の力を借りて、あいつらの動きを止めたい。いけるか?」


 ルティの心臓は激しく脈打っている。足の踏ん張りが弱くなり、血の気が引くような感覚が遠くのほうにある。

 限界が近い。でも、三年前とは違う。今度こそ最後まで立っていたい。


「もちろん。いけるよ」


 それが強がりなのはレイスに伝わっている。彼はしっかりとルティの体を後ろから抱きつくように支え、持っていた縄を取り出す。


「これを操って拘束する。いくぞ!」

「わかった!」

『我が意のままに、ポルティコを拘束せよ』


 レイスが呪文を唱えると、縄が一回り、二回りも大きくなり、大蛇が地面をはうようにポルティコと距離をつめると体に巻き付いた。そのまま、腕、足、胴体の動きを固めるように拘束する。ポルティコが抵抗するように暴れるが、びくともしない。


「はあっ、はあ」

 ルティは苦しくなって息を吐く。あとは大鷲の魔物さえどうにかすればひと息つけるか。そう思ったとき、「きゃあっ!」と叫び声が聞こえた。


 大鷲が木々に身をひそめていたシェリルを見つけ、降下したのだ。逃げ道は深い森の中にしかない。彼女の姿がどんどん見えなくなっていく。


 この場でシェリルを助けられる人は一人しかいない。

 ルティがハーウェイを見つめると、彼はすでに駆け出していた。





(父さんが作ってくれた箒があればなおいいけど、それは僕の技術で補えばいいか)


 ハーウェイは青みのある灰色の髪をなびかせながら、黒縁眼鏡を取る。


(うん、これでよく見えるようになった)

 眼鏡をしているのは見えすぎる、、、、、視力を抑えるためだった。


(……飛ぶことに不安がないわけではない、けど)

 ここで飛ばなければ、一生後悔する。せめて、弟と両親と仲間たちに恥じない自分でありたい。


 全力疾走をしながら眼鏡をアキルスに向かって投げる。


「ごめん、これ持っていて!」

「うわっと! 無理をするな! 走って追いつくつもりか⁉」


 アキルスに呼び止められるが、ハーウェイの赤い瞳は地面に落ちていた箒だけをとらえていた。それを掴むと、淡々と告げる。


「大丈夫、僕より速いやつはそんなにいないらしいから」


 ――なあ、そうだろう? アーヴィン。


 脳裏には笑顔を浮かべる弟の姿がある。

 きっと彼ならこう言うだろう。


 ――そうだよ、兄さん。飛べ‼


 ハーウェイは口角を上げ、地面を蹴ってから箒にまたがった。

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