第五章 『わだかまり』

 ハーウェイの弟が魔症にかかり、魔力を失ってしまった。


 その事実に、ルティは呼吸をするのを忘れ、頭が真っ白になった。


(……レイス)


 彼のほうをおそるおそる見上げると、エメラルドの瞳は陰りを帯び、無表情のまま立ち尽くしていた。

 ジェラルドは苦渋に満ちた表情で告げる。


「あくまでファンによる憶測だから、真の理由はハーウェイにしかわからない。ただ、あの二人は最高の相棒同士であり、二人は無敵だった」


 それを聞き、レイスは拳を握り締めながら重い口を開く。


「弟が魔症になったからブルスタを辞めったってわけか……じゃあハーウェイは、俺を恨んでいるだろうな」

「ハーウェイはそんなやつではない。共に見てきただろう?」


 レイスは一拍置いたあと、せき止めていた感情をあふれさせる。


「そんなのわかっているさ‼ だが彼が犯人の仲間じゃないという証拠はないんだろう⁉」


 大声を張り上げたあと、彼はすぐに我に返ってルティを見つめた。


「!」

 ルティが気まずくなって顔を逸らしたのがいけなかった。


 レイスは目をこれでもかと見開いたあと、勢いよくジェラルドに向き合う。


「……ジェド。お前まさか、ルティに竜の卵のことを話したのか」


「ああ、そうだ」

「っ、お前‼」


 レイスはジェラルドの胸倉に掴みかかった。しかしジェラルドは微動だせず、真っすぐとレイスを見つめる。


 二人の視線が交差し、やがてレイスは言葉を飲み込むように口元を震わせた。

 目を閉じて、ジェラルドの肩に頭を乗せる。


「――俺はお前みたいに割り切れない」


 小さな声でそう吐き出したあと、ジェラルドから離れて背を向けた。そのままルティの隣を通り過ぎる。


「待って、レイス」


 咄嗟に彼の制服の裾を握ってしまった。いまの彼にかける言葉なんて用意していないのに。


「悪い。いまは一人にさせてくれ」


 ルティは目元に力を入れたあと、その言葉に従うように裾を手放した。




 その日から、レイスとジェラルドの関係はこじれてしまった。いままで通り二人で行動してはいるが、仕草にぎこちなさがあるのだ。


 ルティに対してもそうで、レイスは人前では甘い台詞を並べるのに、二人きりになると少し前のときのように会話が減った。


 さすがにシェリルとアキルスも不穏な空気を感じ取り、「不気味だわ」「しばらく様子を見ていたほうがいいよね?」と当たり障りのない態度を貫いた。


 そしてハーウェイからも反応があったのだが。


「ごめん‼ 僕のせいだよね⁉」


 彼は両膝を地面につけ、勢いよく頭を下げる。


「お、落ち着いてください!」

 ハーウェイにポルティコがいる中庭に呼び出されてみればこれだ。

 ルティは彼に声をかけ続ける。


「お願いだから顔を上げてください!」

「無理無理無理。僕がレイス君のことを変に気遣ったから、様子がおかしくなったんでしょう⁉ 本当にごめんなさい‼」


 悲痛な叫びをあげたあと、頭がさらに地面にめり込んだ。


 咄嗟にポルティコを見つめたが、岩に擬態したまま動かない。人間の問題は人間で解決しろという考えなのだろう。


「よしよし、いい子ですから。落ち着いてくださいね」

 ルティはハーウェイの背中を撫でながら立ち上がらせると、広葉樹の下にあるベンチに座らせる。すると彼はテーブルの上にうなだれた。


「はああ、僕って本当になにをやっても駄目なんだ。こんなとき、アーヴィンがいてくれたらなあ」

「……アーヴィンって、もしかして弟さんの名前ですか?」

「え? アーヴィンのことを知っているの?」


 彼は鼻水をすすりながら顔を上げる。その目があまりにキラキラとして期待に満ちていたので、ルティは「あ、うーんと。風の噂で」と告げると、彼はパッと顔を明るくさせる。


「さすが『鉄壁のアーヴィン』だ。ルティさんにも名前を知られているなんてすごいなあ」

「あの、ハーウェイもすごい選手だったと聞きましたけど?」

「僕なんてアーヴィンがいないとチームメイトとろくに会話もできないポンコツだよ」


 ハーウェイはとっても綺麗な笑みで告げた。なんと返事をすればいいのか頭の中で選んでいると、彼は流暢に語りはじめる。


「僕はね、むかしから人と喋ることが苦手で、なかなか言葉を頭の中でまとめることができずに、いつも返事を待たせてみんなの機嫌をそこねてしまって。顔色ばかりうかがってきたんだけど……一つ年下のアーヴィンがブルスタのペアレースを一緒にやらないかって誘ってくれて」


「ペアレースですか?」

「あれ? 知らない?」

 そういってハーウェイは丁寧に教えてくれる。


 箒乗りの障害物レースであるブルスタには、ふたつの競技がある。


 ひとつが八人で速さを競い合う『単独レース』であり、もうひとつが二人一組でペアを組み、一度に四チームで速さを競う『ペアレース』だ。


 単独レースはさまざまな障害物があるコースを八人で飛び、身のこなしだけで障害物をよけ、もっとも速い人を決める。


 一方でペアレースは、単独レースと同じコースを使うのだが、魔法による妨害が許され、味方のどちらかがゴールすれば勝負が決まる。


 ルティはそれを聞いてうなる。グループディスカッションでの発言は、彼の経験からだったのか。


「僕たちはペアレースで無敵だった。僕が誰よりも早くゴールするよう、アーヴィンが守りに徹してくれて……でも、大人になっても二人で活躍するんだって意気込んでいた矢先に、アーヴィンは魔症になってしまって」


 そう吐き出したあと、ハーウェイは「あっ」と勢いよく顔を上げる。


「ひとつ勘違いをしないでほしいんだけど、僕はレイス君のことを恨んではいない」

「!」

「アーヴィンや両親もそうだ。彼は本当にすごい偉業を成し遂げた。僕は彼を心から尊敬している」


 これがハーウェイの本心なのだろう。ジェラルドの言う通り、彼は犯人ではないとルティも思う。


(……でも)

 魔症になったのは運がなかった。この一言では片付けられない。


 するとハーウェイは取り返しのつかない過ちを犯してしまったような、痛みに苦しむ表情を浮かべる。


「それにアーヴィンが魔症になったのは、僕のせいなんだ」

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