第四章 『推し』
数日後。
ルティは朝早くから教室に向かい、手紙を書く。
(このあいだは友だちと街歩きをしましたっと)
今日は双子の兄に向けて、最近の出来事をつづっていた。
二人ともいまでは過保護なくらいに干渉してくるが、竜が顕現する前は、魔法騎士としての才能がないのに頑張り続けるルティのことを誰よりも煙たがっていた。
竜の顕現を経て、言いたいことを言わなければ死にきれないと思い、ルティから『いやみばっかり言わないでよ‼』と喧嘩をふっかけた結果、家族の支えもあっていまにいたっていた。
(わたしに友だちができるのかを心配していたから、喜んでくれるといいな)
自然と口元を緩ませていると、隣に座って課題をやっていたシェリルがのぞき込んでくる。
「誰のことを書いているの?」
「ん~、シェリルのこと」
「え~、うれし~」
肩を寄せ合ってじゃれていると、目の端に影をとらえた。誰かが教室に入ってきたのだ。
真っすぐと伸びたさらさらのプラチナブロンドの髪に、儚げなたれ目を持つ美少女――リディア・イルディアだった。
「リディアさん、おはようございます」
ルティが声をかけると、彼女はこんなに朝早くに人がいると思っていなかったのか、目を見開く。
「……おはよう。エルトナーさんはよく見かけるけど、クレンフィールさんまでいるなんて珍しいわね」
「最近、夜に体力づくりをするようになったら、早起きするようになったのよ」
「そう。いいことね」
彼女は席につくと、机の上に教科書を広げる。ルティはその様子をそわそわしながら見つめた。
「ルティ、行っちゃいなさいよ」
「うん、行ってくる」
シェリルに背中を押されて、ルティはリディアに近付く。
あの、と声をかけると、彼女は表情を変えないまま顔を上げた。
「なにかしら?」
「瘴気から人々を守るための『聖なる加護』の魔法を、より広範囲に発動するコツを教えてもらいたいのですが」
これは魔物の瘴気から身を守るための魔法だった。今後、竜の卵と対峙するかもしれないため、いまのうちにコツを覚えておきたかった。
すると彼女は眉根を寄せる。
「……なぜ、わたくしに?」
「わたしも白魔導士を目指しているので」
そう告げると、彼女は何度か瞬きをしたあとに口角を上げる。
「少しだけならいいわ」
「ありがとうございます!」
「そうだわ。せっかくだからクレンフィールさんも一緒にどうかしら?」
急に声をかけられたシェリルは眉を跳ね上げたあと、「あたしはここから見ているわ」と苦笑する。
「あら残念。あなたのお点前を拝見したかったのだけれど。まあいいわ。エルトナーさん」
「は、はい」
「クレンフィールさんが思わず参加したいと思うほどいいレッスンをしてあげる」
リディアは見た目に合わないような挑発的な笑みを浮かべた。一方でシェリルは乾いた笑みを浮かべる。
「ルティ、あたしのかわりにやっておしまいなさい」
「いやいや、勝負をするわけじゃないから。二人とも落ち着いてください!」
◆
ルティは授業終わりにシェリルと別れ、レイスの姿を探しながら今日の待ち合わせ場所である大きな螺旋階段を目指す。
(リディアさんって面倒見がいいなあ。毎朝教えてくれるって言っていたし。おかげでコツが掴めそう)
このまま頑張るぞと意気込みつつも、ルティは神妙な顔をする。
(……そういえば、竜の卵について進展はあったのかな)
街歩きをしたときに、ジェラルドが犯人の動きを探る罠を仕掛けたといっていた。この学校に潜入中の協力者に報告してから、結果を教えてくれるらしい。
待つことは苦ではないが、やはり気になってしまう。
「ルティさん、ちょっといい?」
声がした方向を見上げると、ハーウェイがいた。
(ハーウェイ君から声をかけられるなんて珍しいな)
不思議に思いながらも、小走りで彼に近寄る。
「なにか用ですか?」
「うん。ちょっと端っこでお話したいんだけど」
ルティは一瞬だけ目を見張ったあと、なんてことない表情を顔に張りつける。
「いいですよ」
そういってハーウェイの後ろをついていくが、妙な胸騒ぎを感じた。まじまじと後ろ姿を見つめると、彼は教科書のほかにも本を持っていた。
(え、竜の生態?)
背表紙には確かにそう書かれていた。
やがてハーウェイは足を止め、ゆっくりと振り返ると、身をかがめてルティの耳元でささやく。
「レイス君ってさ、どこが怪我でもしているのかな?」
黒縁眼鏡越しに、赤い目がルティをとらえた。
「怪我、ですか? 特に聞いていないですね」
ルティが控えめに首を傾げると、彼は片手で頬を掻く。
「そうなの? じゃあ僕の気のせいなのかな。本人には聞きづらくて、ルティさんならなにか知っていると思ったんだけど」
ルティはわずかに目を据えたあと、困ったような顔をつくる。
「もしかしたら、わたしにも隠しているかもしれません。具体的にどんなところに違和感がありましたが?」
「えっと、うーんと、前に防衛術の野外授業があったとき、箒に乗って空を飛んでいたレイス君の顔が険しかったから、どこか調子が悪いのかなって思って」
なぜハーウェイはいま狼狽えたのか、なぜレイス本人には聞きづらいのか。
いや、それよりも、なぜ地上から箒に乗っているレイスの表情をとらえることができたのか。
(怪しい)
これはレイスとジェラルドに報告するしかない。
ハーウェイと当たり障りのない会話をしたあと、ルティはお昼休みを利用して二人をいつもの隠し部屋に呼ぶ。
「ということですが、二人はどう思いますか?」
対面のソファに座るレイスは、険しい顔で頷く。
「前々からハーウェイの身体能力は只者ではないと思っていたが……」
「竜にかんする本を持っているなど、わたしにさぐりを入れるにしては露骨すぎるのが気になりますが、調べてみる価値はありますよね」
「そうだな」
「……待ってくれ。ハーウェイは敵ではないぞ」
ジェラルドの声に、一瞬だけ部屋の中が静まり返る。レイスは目を鋭くさせて腕を組む。
「なぜそう言い切れる」
レイスにじっと見つめられ、ジェラルドは苦々しく顔をしかめる。
「それはその……ハーウェイがブルスタの元選手だったからだ」
ルティとレイスは顔を見合わせる。
「ええ⁉」
「はあ⁉」
あのハーウェイが箒乗りの障害物競走、通称ブルスタの選手だったというのか。
(体つきがやけにしっかりしているとは思っていたけど……!)
彼がブルスタをやっていたことは聞いたことがないし、周りからそういった話が出たこともない。
「ジェド、お前はなぜハーウェイがブルスタをやってきたことを知っているんだ」
レイスが問うと、ジェラルドは目を泳がせ、片手で額を押さえた。
はじめて見せる彼の気まずそうな表情に、ルティたちは戸惑いつつも答えを待つ。やがて、彼は観念したように口を開く。
「あー……なんというかだな。その、推しだったのだ」
レイスはきょとんとして首を傾げる。
「? おし? なにを押すんだ?」
「くっ、だから! 私は五年以上も前から『神速のハーウェイ』のファンだったのだ!」
まさかの事実にルティはあんぐりと口を開ける。
「え? でもどこで出会ったんですか?」
「ハーウェイが彼の弟と一緒に選手としてデビューしてすぐ、はじめての大会でコースを外れて私が住む離宮に迷い込んだことがあって、自由自在に空を飛ぶ姿を見て一瞬にして虜になってしまったのだ」
「……なかなか人を信用しないお前が?」
レイスが訝しみながら聞くと、ジェラルドは真顔になる。
「私は推しに対して見返りを一切求めていないから一方的に推すことができるのだ」
「? つまりどういうことだよ」
「ああもう、一度ハーウェイの飛ぶ姿を見ればわかるから!」
ジェラルドは曇りなき眼で断言する。それを見て、レイスは眉間のしわを揉みこむ。
「あのな。五年間も応援していたからと言って、敵と繋がっていないとは断言できないだろう」
「それは……」
ジェラルドは口を閉ざし、うつむいてしまった。よほど言いづらいことがあるのだろうか。
「もしかして、ハーウェイがブルスタを辞めたことと、俺になにか関係があるのか?」
鋭い一手だった。ジェラルドは重々しいため息をついてからうつむく。
「ジェド、話してくれ」
「……わかっている」
ややあって、彼は覚悟を決めたのか顔を上げる。
「ハーウェイがブルスタを辞めた真の理由は定かではない。ただ辞めたのは、竜が顕現したあとだった」
(……ああ)
ルティは顔をひきつらせる。
「あの日、時計塔の広場の近くにあった競技場ではブルスタの大会が行われていた。そして竜が右目に傷を負い地面に倒れ込んだとき、多くの瘴気が競技場に流れ込み――ハーウェイの弟が魔症にかかり、魔力を失ってしまったのだ」
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