第四章 『不思議なお店』

 路面列車に乗って中心街の停留所で降りると、ルティは声を上げる。


「秋って感じでわくわくしますね!」


 日中はまだ温かいが、夜になると冷え込むことが増えたおかげで、街路に植えられた木々が黄色く色づいていた。


 その雰囲気に合わせるように、周囲に並び立つ古めかしい住居のベランダにはオレンジ色の花が植えられていて、見ているだけで癒される。


「それで、街歩きというのはただ歩くだけでいいのか?」

 ジェラルドの問いに、ルティは小難しい顔をして首を傾げる。


「あとは食べ歩きとか、買い物ですかね?」

「なあ、あそこでなにかやっていないか?」

 レイスが指さしたのは、すぐ近くにあった広場だった。誰もが石畳の上に絨毯を広げ、その上に雑貨や骨董品、食器や絵画まで置いている。


 するとアキルスが「あれは蚤の市のみのいちだよ」と教えてくれる。

「家で使わなくなった物や、手作りの商品が並ぶんだ。中には珍しい魔法道具も売りに出されているよ」


「へえ、あそこに剣を扱っている露店があるな」

「……本当だ。ブルスタ用の箒とかもあるんだね」

 ぽつりと呟いたのはハーウェイだった。レイスは口角を上げながら問う。


「ハーウェイは箒に興味があるのか?」

「レ、レイス君。別に、そんなことないよ」

「理由はなんだっていいではないか。ひとまず近くで見てみたい」


 ジェラルドの言葉によって、男子四人はそわそわとルティたちをうかがう。ルティとシェリルが顔を見合わせて「行ってらっしゃい」と告げると、四人は武器などを扱っている露店へ駆け出した。


「わたしたちはこの辺りでも見ますか?」

「そうね」


 ルティたちはアクセサリーを扱っている露店に向かった。ガラス玉でできたブレスレットに宝石を使った髪留めに、繊細な刺繍が織りなすリボンの量り売りまである。


(あっ)

 ルティはとある物を見つけて、笑いをこらえるように口元を押さえる。


「ふふっ」

「ルティ、どうしたの?」

「シェリルさん、これをお揃いで買いませんか?」


 ルティが指さした物を見て、シェリルは目を見開いたあと、困ったように苦笑する。

「まったくあなたって子は。でも絶対に面白いから買うわ!」


 そして互いに悪戯な笑みを浮かべた。


(これを身に付けた姿を想像するだけでニヤニヤしちゃう)


 会計を済ませて男子四人のところへ向かおうとしたとき、ルティはふと、隣の露店に置かれていたアンティーク調の鍵に目を奪われた。


 人差し指と同じくらいの大きさで、鍵の持ち手部分には、花びらの先端まで再現された繊細な模様が刻まれている。薔薇の花のような丸みはないため、おそらくダリアだろう。棒の先の凹凸にもなにかの紋章が刻まれていた。


 ルティがしゃがみ込んでそれを見つめていると、

「お目が高いね、お嬢さん」


 気づいたら、目の前に店主が座っていた。緑色のマントに身を包み、フードによって目元が隠れている。声は低くも高くもなく、背格好も中性的だった。


「それはね、ダリアトルムの鍵だよ」

「……へえ」


 ダリアトルムはこの世界の名称だ。鍵、ということは世界を揺るがす物なのか。


(実家に童話や伝説が書かれた本なんてほぼなかったし、聞いたことないな)


 ルティが困惑して言葉をつむげずにいると、シェリルが呆れ声を出す。


「ダリアトルムの鍵? ずいぶんと大きく出たわね」

「シェリルさん、知っているんですか?」

「子どものときにそんなような童話を読んだことがあるの」


 内容を思い出しているのか、彼女は顔をしかめながら腕を組む。


「魔物が人を襲うのは捕食のためだけど、竜はそれだけではないと言われていて――たしか竜は探しているのよ。世界中の魔力を自由自在に『解放』し、そして悪しき力を『封印』することができる鍵を持つ女性のことを」


 ルティは何度か瞬きをしてから問う。

「なんのために?」


「ごめんなさい。そこまでしか覚えていないの。ただ姉さんたちは、竜が鍵を手に入れれば永遠の命が保障されるとか、女性に鍵を奪われたから取り戻そうとしているとか、もともとは恋人同士だったとか、好き勝手に想像していた気がするわ」


 頷きながら聞いていたが、「ん?」と眉を寄せる。


「シェリルさんってお姉さんがいたんですね」

「あー……まあね」

 彼女は気まずそうに言葉を区切ってから、店主に問う。


「それで、店主であるあなたはなぜ竜が女性を探しているのか知っているのかしら?」

「知っているよ。竜がダリアトルムの鍵を持つ女性を探しているのは」


 ルティとシェリルがごくり、と息を呑む。


「本来、竜が鍵の所有者だったんだけど彼女に奪われてしまい、恋心ごと取り戻すために追いかけまわしているのさ! ということでこの鍵を持っていれば、波乱万丈な恋愛ができるかもしれない。一本、いかが? 安くしておくよ」


「いやあ! あたしの言葉をすべて真似したわね‼ 商売下手なの⁉」


 シェリルは悲鳴を上げたあと、ルティの肩を掴んだ。


「ルティ、こんな怪しい奴の言葉に耳を傾けないほうがいいわ。だいたいダリアトルムの鍵が存在していたのだって怪しいんだから!」


「そうかい? 現に竜は数百年に一度、人前に姿を現す。その度にダリアトルムの鍵を持つ保有者がいたっておかしくはない」


「生まれ変わりってこと? どうやって鍵を継承するのよ。物語ならともかく現実であるわけないじゃない! ああもうやってられないわ。行くわよ、ルティ」


「あ、待ってくださいシェリルさん! 少しだけ買い物させてください」

「え? ちょっとルティ!」


 シェリルには申し訳ないが、ルティにはどうしても欲しいものがあった。

 店主のもとへ駆け寄って、しゃがみ込む。


「あの、鍵はいらないんですけど。幸運のお守りとかってありますか?」

 ルティは真剣な眼差しで店主を見つめる。


 明らかに胡散臭いが、露店に並んでいる商品はどれも質がよく、禍々まがまがしいまじないはかかっていない。療養中の祖母が骨董品好きだったため、その影響で多少の目利きがあった。


「そうこなくっちゃ」


 店主が取り出したのはエメラルドの石でできたブローチだった。


「うーん、それも素敵なんですけど、もっと普段づかいできるものとか」

「欲張りだね。でもあるんだなぁ」


 そういって、店主はルティの眼前に銀でできた髪留めのようなピンを見せる。先端には菱形に研磨されたエメラルドの石がついていた。


「どう? これうちの新作のネクタイピン」

「なかなかいいですね」

「でしょう? やっぱりいまの若い子は骨董品に興味が薄くてね。服飾業界の最新作にあやかって作ってみたんだけど……でもこれお高いよ?」


 そして店主が控えめに金額をささやいた。それを聞いてルティはにっこりと微笑む。

「お金ならありますので」

 ジェラルドから貰った報酬を持ってきていて正解だった。


(ふふふ、しかもお金ならあるって、一度は言ってみたかったんだよね~!)

 心の中で噛みしめつつ、店主の言い値で支払ってからネクタイピンを受け取る。


(レイスの瞳によく似ている。喜んでくれるかな)


 目を細めていると、店主が口角を上げる。

戯言ざれごとに付き合ってくれてありがとね。最後にいいことを教えてあげよう。君たち、お似合いだよ」


「え?」

 ルティが顔を上げたとき、突風が吹いた。思わず足をふらつかせると、背中を包み込むように誰かがルティを支えてくれる。


 ふわり、と嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔をくすぐる。顔だけ振り返るとレイスがいた。


「どうしてここに?」

「シェリルに頼まれて駆けつけたんだが……」


 彼は語尾を濁して、神妙な顔で告げる。


「怪しい店主なんてどこにもいないじゃないか」

「⁉」

 ルティは勢いよく正面を見る。しかし店主の姿はなく、露店があった場所はただの通路になっていた。




 ルティは胸をドキドキとさせたまま、レイスと共にほかの四人と合流する。


「怪しいものは買ってないでしょうね」

 とシェリルに目を鋭くされたが、鞄の中にはあのネクタイピンがしっかりと残っていた。


「そんなことよりシェリルさん、お揃いで買ったものを披露しませんか?」

「……まあ、いいけど」


 シェリルは誤魔化されてくれたのか、肩にかけていた鞄からある物を取り出す。

 それはレンズが入っていない見せかけの眼鏡だった。ルティもそれを取り出して、にやにやしながら身に付ける。


「あっはっは!」

「やばい、二人とも最高!」

 ジェラルドとアキルスが手を叩いて大爆笑し、レイスとハーウェイが小さく肩を揺らして笑った。


「はあ、たくさん笑ったらお腹が空いてしまったな。アキルス、この辺りだとなにがおすすめだ?」

「おれの行きつけはサンドイッチの屋台なんだけど、ジェド君そういうの平気?」

「ふむ、作っているところを見ることができれば大丈夫だぞ」


 するとシェリルがニヤニヤと笑う。

「万が一なにかあればあたしが解毒剤をつくってあげるから」

「……毒薬の間違いじゃないのか?」

「そういうこと言っていると作るわよ!」


 シェリルとジェラルドのやり取りも恒例化してきて、微笑ましく思えるようになってきた。まあまあと適度になだめつつ、みんなで屋台に向かい、それぞれ好きなサンドイッチを買った。


 近くの公園の噴水の淵に横並びで座り、ルティは控えめに口を開ける。


「美味しい! トマトがみずみずしくて甘くて、レタスと玉ねぎもシャキシャキで、こんなにおいしい野菜は初めて食べました!」

「うむ。確かに美味だ。産地はどこだろうな。ぜひ取り寄せたい」

「あ、これ、エイン農園の野菜だと思う」


 ハーウェイの言葉にルティは目を丸くする。


「どうしてわかったのですか?」

「お母さんが料理の材料とかにこだわっていて、よくお父さんに頼んで隣街まで買い出しに行っていたんだ。エイン農園の地質ってマナが豊富で、どの野菜も味がすっごく濃くて美味しいんだよ」


「へえ、そうなの。でもエインってことはアルベルト・エインの親戚なのかしら?」

 シェリルの疑問に、誰もがレイスに注目をする。


「いや、俺とは関係ないな」

 あ、いま嘘をついた。とルティは目を細める。


(ハーウェイに農園のことを褒められたのが嬉しかったのか、いつにも増して済ました顔をしているもの)


 つまり呪いの手紙の封蝋の模様はエイン農園のものなのか。


(生家が農園であることが、英雄の印象にふさわしくなくて、世間に情報が伏せられていたというの?)

 ますます謎が深まった。





 そしてサンドイッチを食べたあとは、中心街の象徴ともいえる、真っ白な時計塔が立つ広場を訪れる。

 ここに行こうとは誰も言わなかった。それなのに、誰もが行かなければならないと感じ、足を進めていた。


 この広場こそ、三年前に竜が顕現した場所だった。

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