第四章 『眼鏡集団』
ルティは黙ったまま、五人の反応をうかがう。
(えっ、みんなと目が合わないんだけど⁉)
レイスにも気まずそうに顔を逸らされ、そのことにショックを受けていると、アキルスが控えめに気を利かしてくれる。
「いいんじゃないかな。みんなで遊びに行ける機会なんてそうないし。王都の中心街とか出店がたくさんあって楽しいよ」
そういって彼は賛同してくれるが、他の人たちの反応は変わらなかった。
「あ、もしかしてすでに予定が入っていましたか?」
ルティが問うと、シェリルが困ったように眉を寄せる。
「そういうわけではないんだけど……遊びに行く気分になれなくて」
授業でも失敗しちゃったし、と彼女は小声で吐き出した。
「だからこそ息抜きが必要です。それに学校の外に出ないと見えてこないものがあります」
そう思いませんか? とルティは、レイスとジェラルドを見つめる。
竜の卵の孵化の予定日に近付くにつれて、犯人の仲間が学校内に入り込むかもしれない。その侵入経路を確認したり、王都の雰囲気を知っておくのも大切な調査ではないだろうか。
それにレイスが学校を離れることで犯人が動きを見せるかもしれない。
罠を張りましょう、罠を! と目線で訴えかけると、ジェラルドは苦笑する。
「ルティの考えはわかるのだが、王都には知り合いが多くてな。あまり目立ちたくはない」
「すまない、俺も同感だ。前に髪色を変えも正体がバレたときがあって」
レイスの言葉に、ルティは入学当初のことを思い出す。確かにこの二人が王都の中心街に現れたら大きな騒ぎになってしまうだろう。
「……変装するなら、眼鏡を使うのはどうかな」
おそるおそる声を上げたのはハーウェイだった。
「眼鏡のレンズによっては、屈折によって目の印象を変えたり、瞳の色を変えられるものもあるから」
「へえ、そんな眼鏡があるんですね! ハーウェイ君の眼鏡もそうなんですか?」
「ぼ、僕のは違うけど」
ハーウェイはうつむくと、運動着のズボンをぎゅっと握り締める。
「家族以外と遊びに行ったことがなかったから、エルトナーさんに誘われたとき、最初は戸惑ったんだけど。せっかくだからみんなと一緒に行ってみたいなって思って」
「……ええ、わかるわ。あたしも誰かと遊びに行ったことなんてなかったから返事に困ったけど、たまにはいいかもしれないわね」
シェリルの同意も得られ、あとはレイスとジェラルドだけとなったが、やはり厳しいだろうか。
しばらく様子をうかがっていると、彼らは互いの顔を見合わせ、肩の力を抜くように笑みを浮かべる。
「わかった、行こう」
「そうだな。しかしあと数日で眼鏡を用意するのはさすがの私も難しいぞ」
「それならおれに任せてよ。この学校に眼鏡職人を目指している先輩がいるんだ」
元気よく手を上げたのはアキルスだった。ジェラルドは驚きながらも「いいのか?」と問う。
「たまには役に立たないといけないってセシル先生に言われちゃったし、おれに頑張らせてよ」
「うむ、では言葉に甘えよう。よろしく頼む」
ジェラルドとアキルスが握手を交わし、こうして遊びに行くことが決まった。
◆
当日、ルティはシェリルと共に洗面所の鏡の前に立ち、髪形を整える。
(よし! 横髪でつくったカチューシャ風の三つ編みも上手く巻けた)
最後の仕上げに鏡の前でニコッと微笑みかける。
今日は袖と裾にフリルがついた白いブラウスに薄紅色のスカートを選んだ。胸元の赤いリボンがいいアクセントになっている。
ちらりと隣に立つシェリルを見上げると、彼女は胸元に刺繍が入った白いブラウスに黒のワンピースを着ていて、化粧も薄づきでピアスの数も控えめであり、大人っぽいけどかわいらしさもあった。
「シェリルさんってたれ目だったんですね」
「恥ずかしいからあまり見ないで! ほら、さっさと行くわよ」
彼女の背中を追うように、ルティは鞄を持って寮の部屋を出た。そして正門に向かうと、ちょうど男子寮から四人の男子が横並びで歩いてきた。
みんな色付きのシャツとズボンに眼鏡をかけているところが共通しているが……。
ハーウェイは赤と紺色の模様が入ったセーターにいつのも黒縁眼鏡であり、アキルスは上品な仕立ての灰色のベストに縁のない眼鏡だ。クールな印象を出しているのかハーフアップではなく、髪をひとつにまとめている。
その一方で、ジェラルドは意外にもゆるっとした茶色のカーディガンに丸眼鏡を合わせていた。
(アキルスとジェドは私服を交換しているのかな?)
そして左端にいるのがレイスだろう。
(……へえ)
彼は髪の色を黒に染めていて、ジャケットを羽織り、オシャレなフレームの眼鏡をつけていた。
みんな大人びた恰好をしていて、背丈があるため二割り増しでかっこよく見える。
「あの眼鏡集団、目立っていませんか?」
「あいつら変装の意味がわかっているのかしら?」
だが徐々に近づいてくると、野暮ったい感じがあらわれてきて意外と普通だった。
しかも眼鏡のおかげで、レイスの瞳はブラウンに、ジェラルドの瞳はワインレッドに染まっている。
ルティとシェリルがその完成度の高さに拍手を送ると、男子陣から「よく似合っているよ」「本当だ。エスコートを頑張らなくてはな」「おれもドキドキしちゃうよ」「ききき緊張してきた」といわれるため、「みんなもカッコいいですよ」「はいはい、ありがとありがと」とあしらう。
六人そろったので、まずは校門前の馬車に乗り込んで路面列車の停留所を目指す。
向かう先は王都の中心街だ。竜被害により壊滅的だった街並みは綺麗に整備され、若者が集まる街となっているらしい。
ルティは馬車を待っているときに、隣に立つレイスをうかがう。髪色を変え、眼鏡をかけているのもあって別人に見えるが、横顔の雰囲気はいつもの彼だ。
レイスはルティの視線に気づいて「ん?」と首を傾げる。
「ルティ、どうかしたのか?」
「たいしたことじゃないんですけど、仕草とかはいつものレイスだなって思って」
「それは気をつけないとな……君、なんか名前呼びに慣れていないか?」
「え~、そんなことないですよ!」
実は結束力を高めるために名前か愛称で呼び合うようになった。
(レイスに対しては心の中でいままで散々名前呼びしていたけど)
ルティは笑みを浮かべてごまかし、話題を変えるようにアキルスに問う。
「そういえばずっと気になっていたのですが、アキルスはどうやって眼鏡を調達したんですか?」
「え? うーんと」
彼は一拍置いたあと、気恥ずかしそうに頬を掻く。
「おれさ、昔から母さんと一緒にいろんなボランティア活動に参加していて。そこで眼鏡職人と出会ってさ。その方の息子さんがこの学校の三年生だったから、今回特別にお願いを聞いてもらったんだよ」
へえ、とみんなが一斉に感嘆を漏らす。
「いやいや、おれはたいしたことはしていないって。逆にみんなに優しくしてもらっちゃって、助けてもらってばっかりだよ」
アキルスが照れ隠しのために大袈裟なほど謙遜すると、ジェラルドはまじまじと彼を見つめる。
「やはり眼鏡をかけているとお父君によく似ているな」
これにはルティも頷いてしまう。実は最近になって図書館に鉱物学者であるアキルスの父親の哀愁漂う肖像画を見つけていた。
いまのアキルスはちょうど父親と同じような丸眼鏡を身に付けていたため、横顔なんかそっくりだ。
「ダァーーーー! ジェド君それは言っちゃ駄目だって! クソ親父と似ているなんて最悪なんだから!」
と叫びつつも、みんなに横顔を向け哀愁漂う顔をつくってくれる。
「あっはっは! アキルス、すっごく似ているぞ」
ジェラルドは大爆笑をしたあと「私も負けていられないな」といい、国王が王笏を掲げる像の真似をする。
「じゃあ俺も期待に応えないとな」
今度はレイスが中腰になり、なにかを掘っている真似をしはじめた。
「おい……それは誰だ」
「アルベルト・エインがドラゴンライトを発掘しているところ。実際に彼と会ったことがないからな」
「唐突な重いエピソードはやめておけ」
とジェラルドがレイスの頭を軽く叩く。
ここまでやればハーウェイにも期待してしまう。三人の男子がちらっと彼を見つめると、彼は視線をさまよわせたあと、その辺に建っていた初代校長の石像を真似て、左手で太陽の方向を指さした。
「いいぞ、ハーウェイ」
「うむ。仕上がっているぞ」
「すごい! そっくりだよ」
次々と褒めると、ハーウェイは嬉しそうに口角を上げた。
ルティはそんな彼らの年相応にはしゃぐ姿を見て微笑ましくなる。
「楽しくなってきましたね」
「まったく、みんな浮かれちゃって」
そういうシェリルも街歩きを楽しみにしているのか、早く馬車は来ないのかしら、とそわそわしていた。
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