第四章 『ルティのささやかな反撃』

 ルティは亜麻色の髪をひとつにまとめ、背伸びをする。


 今日は防衛術の野外授業のため、運動着姿で校舎の周囲に広がる森の中に来ていた。試験内容である『宝探し』に向けて、実際に箒で空を飛んだり、走りながら障害物をよける練習をするのだ。


 ポルティコたち魔物も参加しており、マファーとセシルの立ち合いのもと自己紹介が行われた。

 巨大なチンチラや大熊や大鷲などが現れたときは叫び声が上がったが、ある程度の情報は漏れていたようで腰を抜かす人はいなかった。


 ルティは準備運動をしながら、周りの様子をさりげなくうかがう。


 顔をしかめて日陰にいるシェリルに、あくびをしているアキルスに、靴ひもを結んでいるハーウェイに。


(うーん、全員が怪しく見えてきた)

 本当に生徒の中に竜の卵を持っている人がいるのか。


 ふとジェラルドと目が合った。彼はニコッと笑みをたたえて手を振ってくるため、ルティはぎょっとしながらも会釈した。


 あの日から距離は離れるどころか近くなり、肩を掴んだことに対する謝罪もあったことで、情報交換のためにレイスの目を盗んで会話することが増えた。


(ジェラルドさまが言うには、卵の孵化まであと一か月もないようだし)


 それに竜の卵はルティの両手でやっと抱えられるくらいの大きさだと聞いた。重さもかなりあるということで、普通のトランクに入れて持ち運ぶのはまず不可能だ。


(魔物の卵って、黒曜石の小さな結晶がびっしりと生えているような見た目と言われているんだよね)

 ルティはふと、富豪の屋敷の玄関先で飾られていた水晶を思い出す。


(あれは商売繁盛の置物だったけど、意外と寮の部屋に堂々と飾られていたりして)

 だがそういった話は誰からも聞いたことがない。


「ルティ」

 相変わらず甘い声色だった。


 振り向くとレイスがいて、彼の銀髪は日の光によってさらに輝き、運動着姿も相まって爽やかさが増していた。


「いい箒はありましたか?」

「ああ」


 そういって彼は手に持っていたエニシダの枝で作られた箒を見せてくれる。ただ、その表情には険しさがにじんでいた。


 『宝探し』では班の中で役割を決める必要があり、一人が箒に乗った物見役、二人が宝を持つ役、残りの人が魔物の攻撃から守る役、となっていた。


 ルティはレイスと一緒に魔物の攻撃から守る役を希望したが、シェリルから「この中で飛行術が得意なのはリーデロウェルくらいなのでは?」という意見が出た。


 言われてみれば彼しかいない。ということで、レイスが箒に乗った物見役になった。空を飛んでしまえばなかなか魔力補給ができないため、細心の注意を払わなければならない。


(ではいつも通り魔力補給をしますよ)

 そう視線で訴えかけると、レイスはなにかをためらったような表情を見せる。


「なあ、ジェドといつの間に仲良くなったんだ?」

 ルティの肩がビクッと跳ねた。まさか先ほどのやり取りを見られていたのか。


 思わず目を泳がせると、レイスがおそるおそるルティの頬に右手をそえる。


「俺には内緒か?」


 彼はじっと見下ろしてくる。普段なら「よそ見をされたからにはもっと俺のことを見てもらうために頑張らないとな」と言いそうなのに、妙にしおらしい。


 ルティは小さく息を吐くと、彼の右手に重ねるように左手で触れ、唇に弧を描く。


「はい、内緒です」


 するとレイスは目を見開いて唇を引き結ぶ。明らかに戸惑っている。

 滅多に見られない表情に、ルティはここぞとばかりに彼をあおる。


「リーデロウェルさんは好きな人のことをなんでも知りたいタイプなんですね」

「普通、そうじゃないのか?」

「そうですよ。わたしも同じです」


 一歩踏み込んで距離をつめると、レイスのエメラルドの瞳が揺れる。


「めずらしいな、君がこんなことを言うなんて」

「こんなにも大切にされていれば、わたしを大切にしてくれる人に興味を持ってもおかしくはない。そう思いませんか?」


 ルティは笑みを深め、レイスを見上げる。彼の過去を聞かないことが彼のためになると思っていた。でも、このままでは彼は一人だ。


(たぶん、レイスにかけられた呪いは魔力封じだけではない)


 呪いにはいくつかの種類がある。

 能力を制限するもの、体や精神に異常をきたすもの。そして古から存在し、もっとも単純でかつもっとも質の悪い呪いが、思い込み・・・・だ。


 レイスは強すぎる責任感のせいで、自分自身を苦しめている。


 ルティの実力では魔力封じを解く術がない。

 でも、彼の胸の中に巣くう思い込みという呪いだけは解きたい。


「ふふっ、変な顔。身構えすぎだよ」


 敬語をやめ、悪戯に笑って素の自分を見せると、レイスは息を呑んで何度も瞬きをする。


「君は……」

 彼がなにかを言いかけたとき、


「みんな! 一度集合してね。そこもイチャイチャしてないで早くおいで」

「ひゃっ」

 セシルの号令がかかり、ルティは我に返る。


(いま気が緩んで、わたしのほうが変な顔になっていなかった⁉)

 真っ赤になった顔をレイスに見られないように背を向け、集合場所に向かった。




 いよいよ障害物をよける練習がはじまる。

 セシルと魔物たちが森の中に潜んでいて、次々と障害物を投げ飛ばしてくるため、『盾の魔法』ではじいていくのだが……。


 その障害物が『いたずら卵』だった。

(なんでこんなに飛んでくるの⁉ 在庫一斉処分なの⁉)


 ルティには『いたずら卵』を見つけたらなにがなんでも無力化するという意識が根付いているため、よけるときに余計な力が入ってしまう。


「ルティ! 右から来ているぞ!」

 レイスの言葉に、必死になって対応する。


「は、はい! 『盾よスクート!』」

「よし、いいぞ!」


 レイスは箒に乗って空からみんなに指示を出していた。


「クレンフィール! ほかと足並みを合わせろ! お前だけ遅れているぞ!」

「わかっているわよ‼」


 意外にもシェリルはルティよりも体力がなく、大きく肩を揺らして徐々に失速していく。


「クレンフィールはジェドのほうに寄れ! ジェド、補佐を頼む」

「うむ、わかった! クレンフィール。貸しひとつだ」


 ジェラルドが爽やかな笑みを見せると、シェリルは口元をひきつらせる。


「あんたには貸しをつくりたくは……ない‼」

 そういって、ジェラルドに迫っていた『いたずら卵』を魔法で弾いた。


 ルティがそれを見て「さすがシェリルさん」と声をかけると、アキルスが並走してくる。


「あの三人、さすがだよな」

「ごほっ、そうですね!」


 すると頭上からすかさずレイスの指示が飛んでくる。


「アキルス! ハーウェイの補佐に入れ! ハーウェイ、一人で突っ走るなよ」

「がってん!」

「ご、ごめんなさい!」


 練習がはじまってから知ったが、ハーウェイは学年の中で一番体力がある。

 しかも運動着から見える腕やふくらはぎにはほどよく筋肉がついていて、背丈もしっかりあるためバランスがいい。

 ルティにはわかる。これは鍛えていた人の体だ。


「ちょっと待って! もう無理!」


 根を上げたのはシェリルだった。ふらふらとした足取りで近くの木陰に吸い込まれていき、そのまま地面に座り込んだ。ルティは汗をぬぐいながら彼女に近付く。


「ごほごほっ、大丈夫ですか?」

「……ルティは意外と平気なのね」

「日々鍛えているので、ごほ」


 ルティにとって、アクロバティックな一件は相当恥ずかしい出来事となっていた。

 人を助けるときはまず自分が健康体でないといけないと実感し、こっそり鍛え続けていたのである。咳はまだ出るが、あのときの比ではない。


「あなた、本当に魔法騎士家で落ちこぼれって言われていたの?」

「なかなか魔法騎士としての結果が伴わなかったので」


 そういって苦笑していると、レイスが地上に降りてくる。


「大丈夫か?」

「少し、休めば大丈夫よ。というか、リーデロウェルも顔色が悪いじゃない」


 シェリルに指摘され、レイスは眉間にしわを寄せる。


「ルティ、君から見てもそうか?」

「……日差しにさらされていたせいじゃないですか?」


 すっとぼけるが、レイスの頬は火照るどころか真っ白になっていて、唇の血色もわずかに悪かった。魔力の使い過ぎだろう。

 ルティはハンカチを取り出すと、「はい、動かないでくださいね」とレイスの腕を掴みながら、彼の頬に流れる汗をぬぐう。


 するとジェラルドたちも近づいてきた。


「クレンフィール、お前はさっさと医務室へ行け」

「……まだやれるわよ」


 シェリルは膝にぐっと力を入れて立ち上がり、ジェラルドをにらみつけた。ちょうど二人のあいだにハーウェイがいて、可哀想なくらいおろおろとする。


「お、おおお落ち着いて」

 勇気ある言葉だったが、シェリルに「ハーウェイどいて」と言われると、「はい」と引き下がった。

 これにはアキルスからも「ハーウェイ君、押しに弱いな」とツッコミが入る。


(ああ、協調性がガタガタと崩れていく)


 かなり騒がしくしていたのがいけなかった。忍び寄る背後の敵に誰も気づけなかったのである。

 唯一レイスだけが途中で気づいて「伏せろ!」と叫んだが、時遅し。


『お前たち、隙だらけだぞ』


 振り向いたときには、ポルティコに『いたずら卵』を投げつけられたあとだった。




「また派手にやられたね」


 セシルの言葉に、ルティたち六人は顔をしかめる。『いたずら卵』の中身は様々な色の絵具が入っていて、顔や髪や運動着までピンクや水色に染まっていた。


 そんな無様な姿で、授業終わりにセシルとマファーの前で立たされていた。


「ここがもし魔物が巣くう森の中なら君たちはすでに死んでいた。そこは理解しているね」

 先ほどとは打って変わってセシルの声は厳しいものとなり、誰もが口をつぐんだ。


「シェリル、君は成果を得ようと焦って余計な体力を消費している。もっと周りを頼ってもいいんだぞ」

「……はい」


「アキルス、君は仲間に対して気後れし過ぎていないか? 必ず君の力が必要になるときはある。失敗してもいい、受け身になっていないでまずは行動するんだ」

「うっ、はい」


「ハーウェイ、君は足が速く、瞬発力にも優れている。でもここには君の能力に追いつける人は少ない。もっと周りを見て行動するんだ」

「は、はい」


「ジェラルド、君はなにごともそつなくこなしているようで、気持ちがこの授業に向いていない。目の前のことに集中しなければ仲間を危険にさらすだけだ。レイスからの指示に頼りっぱなしではなく、きちんと地上からも指示を出すこと」

「……わかりました」


「レイス、君は経験が豊富なゆえに一人でどうにかしようという気持ちが強すぎる。仲間がどんなことで得意で、どんなところが苦手なのか理解しきれていない。普段からもっと仲間と会話を交わすこと」

「はい」


「そしてルティリエール、君は調和を取りすぎている」


 ルティは目を見張った。まさかそう言われるとは思ってもいなかったからだ。


「いい成績を残したい、仲間をまとめたいなど、やるべきことが多すぎて散漫していないか? すべてを同時に進行することはできない。必ず選択しなければいけないときがある。そのときどきでなにを選ぶべきなのかをしっかり見極めてほしい」

「――はい」


「俺からは以上だ。マファー先生、最後にお願いします」

 ずっと様子を見守っていたマファーは頷くと、厳かな声で告げる。


「今日が試験でなくてよかったな。最低評価を付けているところだった」


 マファーなら忖度なしでやる。その事実がルティたちの肩に重くのしかかる。


 身なりを整えて次の授業へ向かいなさいと言われ、先生たちが立ち去っても、誰一人としてこの場から動き出す者はいなかった。


 ルティはギリッと歯を食いしばる。

(……セシル先生が言っていた意味はわかる。でもすべてが大切で、どれも捨てることなんてできない)


 白魔導士になるためにいい成績を取りたい、レイスの呪いに向き合いたい、ジェラルドの密命に協力したい。

 あとは体力ももっとつけたいし、楽しい学校生活も送りたい。


 どうすればいいの⁉ と叫びたくなったとき、ルティはハッと息を呑む。


(いや、セシル先生はなにかを捨てろとは言っていない)

 落ち込みすぎてセシルの言葉を正しく理解できないところだった。ひねくれた考え方を払拭するように首を横に振る。


 たぶん、すべて持っていていい。平等に頑張るのではなく、そのときそのときで優先順位を変えるのだ。


(わたしがいま望むのは、防衛術でいい成績を取ること)


 これをしっかり頑張れば、結果としてほかのやるべきことにもいい影響を及ぼすかもしれない。そのためには一人では駄目だ。みんなで力を合わせなければ。


 ルティは一歩踏み出してから振り返り、五人と向き合う。


「みなさん。わたしたちの本業は学生です」


 人によってはなにを当たり前のことを言っているのかと思われるかもしれない。

 だが、忘れてはならないことだ。


「結束力を高めるために、今度の休日にみんなで遊びに行きませんか?」

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