第三章 『金の瞳』

 ジェラルドは目を見開いたあと、扉に向けて手を伸ばす。


「待ってくれ!」


 すでにルティの姿はなかった。力なく空気を握り締める。


(……瞳の色を気にする者はいない、だと)

 昔は、魔物と同じ金の瞳を持つ者は迫害対象だった。


 数百年前にダルク王国の原型となる民族の合併により、琥珀色の瞳を持つ人が増えたことで、ダルク王国では徐々に意識が薄れていったが。

 それでも規律や信仰を重んじる宮廷の中では差別が残っていた。


(調査のためにいろんな生徒に話しかけたとき、誰もが一歩引いたような態度だったのは、第三王子という立場に距離を置かれていたからか)


 ジェラルドは『闇鍋班』のことを思い出す。思えば初めて顔合わせをしたとき、人見知りはされても、自分に対して怯える者はいなかった。


(……どうせ彼らも私のことを差別するのではないか、と疑い過ぎていたのかもしれない)


 ジェラルドが国民の前に姿を見せなかったのは誘拐を恐れていたとされているが、実際は自分の容姿が世間にどのように影響するか正しく理解するまで、母親と共に世間の目から遠ざけられていた。


 そもそもなぜ国王が異国生まれの魔症の女性をめとったというと、国王が相当な変わり者であり、自分の想像を超えてくる女性を好んでいたからだ。


 現に、ジェラルドの母親は誰よりも経済に強く、過去に自国の経済を陰で動かしていたのは彼女だった。


『なあジェラルド。予測できない者ほど魅力的に見えないか?』


 国王は離宮を訪れるたびにそう言って、ジェラルドの頭を撫でた。


(……いま余計なことまで思い出してしまったな)

 ジェラルドは頭を払いつつ、天井を見上げた。


 三年前の竜の顕現による被害を見て、この国の無力さを知った。

 次の顕現に備えるためにも、離宮から出て、ほかの王子や、他国と協力し合いたいと思うようになった。


 だが宮廷という狭い世界の中では、ジェラルドは不吉な存在として扱われ、誰も話を聞いてくれない。時には幼い頃から世話になっていた配下がほかの妃に買収され、母親を悲しませる事件が起きた。


 だから契約魔法を使って、配下を従わせた。やがて大臣や役人たちと交渉するようにもなった。まれに契約を破られる場合もあるが、法に触れない範囲で罰則をした。


(脅しと権力で、人間関係はつくれるのだよ)


 自分でも嫌な思考をするようになってしまったと思う。ただそれをしなければ、宮廷の中で力を得ることはできなかった。


 ジェラルドは膝上で拳をつくる。レイスの呪いが発覚したとき、すぐにこの学校に潜入中の国王直属の諜報員と会った。


 本来ならすべてを包み隠さずに報告するべきだったが、大人からの重圧に耐えるレイスの姿が自分と重なり、気づいたら呪いのことを伏せてしまった。


(人に契約を迫っておいて、いざ自分が国王からの密命を軽んじるわけにはいかないのにな)


 ジェラルドに密命が与えられたのは、ほかに魔法学校に通える年齢の者がいなかった、という特別でもなんでもない理由からだった。

 つまり、呪いのことを黙っていたことが明るみに出れば立場がない。


 浅はかだった。自分の身も、レイスの身も滅ぼしてしまうのに、彼のために毒薬を用意してしまった。


 すぐに後悔しはじめたとき、ルティが現れた。


 彼女は純粋で危なっかしいところがあるが、覚悟を決めたら誰よりも一直線な女の子だった。


(てっきり私の境遇を話せば、あわれんでくれると思ったのにな)

 ルティの傷ついた顔でも見れば胸がすくと、内心でほくそ笑んでいたが、彼女の反応は違った。


『それとこれはわたしの主観ではありますが、わたしの周りであなたの瞳の色を気にしている人はいませんでしたよ』


 凛として力強い声だった。


 ジェラルドは背を丸めて、両手で黒髪をかき上げる。


(ああ、くそ。陛下の言った意味がわかってしまったではないか)


 予測できないものほど魅力的に見える。

 それはルティだけではなく、レイスにも言える。


「はは……」

 笑わずにはいられない。たとえ涙が流れようと。

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