第三章 『明かされるもうひとつの陰謀』

 ルティはいつもの隠し部屋でジェラルドと向き合う。


「先ほどはアキルスとハーウェイとずいぶん楽しそうだったじゃないか」

 彼はソファに座り、足を組みながら告げた。


「見ていたのなら声をかけてくださればよかったのに」

 ルティが挑発的な笑みを浮かべると、ジェラルドはハッと鼻で笑った。


「簡単に言ってくれる。レイスに呪いをかけた犯人、もしくは犯人にかかわりのある者かもしれないんだぞ?」

「わかっています。ただ、リーデロウェルさんに呪いの手紙を仕掛けたのは彼の過去を知る大人の可能性が高い。でもあなたは生徒までも疑えと言った。それはなぜですか?」


 緊張した面持ちで告げると、ジェラルドは天井を仰ぐように笑い出す。


「あっはっは! 可哀想になあ。知らないふりをしておけばよかったのに」

「⁉」


「――この学校に竜の卵があるかもしれないのだ」


 ルティはその言葉が理解できず「え?」と聞き返す。だがジェラルドは笑みを深めるばかりでなにも答えない。


(竜の卵? あれ、でも魔物の卵って……)


 魔物は、卵から産まれてみないと形がわからないと言われている。ただ山岳地帯だと哺乳類に、海辺だと魚類に成りやすいという研究結果があるようだ。


(あとは巣の近くにいる魔物の形にる可能性が高くて)

 ルティはあることに気づき、喉をヒュッと鳴らす。


「……竜は数百年に一度しか人前に姿を見せません。竜の卵どころか、巣の場所も誰も見たことがないと言われていますよね?」


 ジェラルドはため息をひとつ吐く。


「三年前、レイスが竜を退けたことで、その血痕を目印に多くの者が竜の行方を追ってな。宮廷の探索隊よりも早く竜の巣を見つけ、卵を回収した組織がいたのだ」


 いままでに竜が怪我を負ったという記録はない。

 レイスの一手によって、竜の巣への足掛かりをつかんだことは、今後の竜による被害を減らすための大きな足掛かりとなる。

 それなのに、この功績を悪用されたということなのか。


「その組織って」

「……ダルク王国だけではない。このダリアトルムという世界中に、古から魔物と対立してきた歴史がある。それなのにその組織は竜を崇拝し、保護という名のもとに竜の卵を孵化ふかさせ、戦の道具にしようとしている。レイスの呪いにかかわっているのも彼らだろう」


 ルティは力なくソファの背もたれに寄りかかる。想像をはるかに超える陰謀に巻き込まれているとは思わなかった。


(立ち止まるな。こういうときこそ冷静になれ)

 ひとつ深呼吸をしてから、身構える。


「しかしなぜ卵がこの学校に持ち込まれたのです? なぜレイスが呪われなければならなかったのですか?」


 ルティが身を乗り出すと、ジェラルドは金色の瞳を伏せた。


「卵はひとつではない。いくつかあると言われている」

「!」

「嘘の情報かもしれないが、確証がないため各地に捜索範囲を広げた。そしていまから半年前に、卵のひとつがロシュフォード王立魔法学校に運び込まれる可能性が高いと占いによって予測された。なぜだかわかるか?」


 ジェラルドに問われ、ルティはややあって自分の考えを述べる。


「この学校は外部からの侵入は難しいですが、一度卵を運んでしまえば隠せる場所はたくさんあるから、でしょうか?」


「そうだな。古からの決まりによって、この学校の運営に王族はかかわることができない。だからこそ運び込んでしまえば実に厄介な場所になるが……なあ、ルティリエール、もうひとつ外すことができない要素があるだろう?」


 ルティは戸惑いの表情を浮かべる。


(半年前になにがあった?)

 あのときは受験勉強に打ち込んでいた。心が折れそうになったときもあったが、憧れの白魔導士になる姿を想像することで乗り越えてきた。いや、それだけではない。


(レイスが入学することを知って、それでさらにやる気が出て……)

 ルティはハッとして顔を上げる。


「まさかレイスが呪われたのは」

竜の誕生を邪魔するな・・・・・・・・・・という組織からのメッセージだ」


 ルティは固く目を閉ざした。

(――レイス)


 彼が呪いのことを嫌がらせと言った意味がようやくわかった。同時に棘のある態度にも納得がいく。


(ねえ……わたしたち、まだ子どもなんだよ)


 子どもだろうと容赦のない世界に彼は一足先にいる。しかもそんなところでたった一人で戦おうとしているのだ。


(……お願い。誰かを頼ってよ)

 胸がぎゅっと締めつめられ、目頭が苦しいくらいに熱くなる。それでも涙は出ない。一番つらいのはレイスだからだ。


 ルティは改めて顔を上げる。

「わたしは、なにをすればいいですか」


 一拍置いて、ジェラルドはいびつな笑みを浮かべた。

「気合は十分だが、覚悟が足りないな」


「! どういう意味ですか」

「お前も、レイスも、覚悟が足りない。なにがなんでも命令を遂行する覚悟が」


 いままでで一番冷ややかな声だった。ジェラルドはソファから立ち上がる。


「私とレイスは入学直前に陛下から密命を受けて調査をしている。だからこそルティリエールに呪いのことを気づかれた時点で、竜の卵のことまで話して強制的に従わせるべきなのに、レイスは嫌がらせ・・・・だと言って踏み込ませなかった」


「え」

 ルティは呆然と目を見開いた。


「わかるか? あいつは優しいから、密命よりもお前を巻き込みたくないという感情を優先させたのだ」


(……)

 レイスが優しいことは、ジェラルドに言われなくてもわかっている。


 その想いを込めて彼をじっと見つめていると、彼はゆったりとした足取りでルティに近付き、身をかがめてからルティの顎を掴んだ。


「ルティリエール。お前に口約束ではなく契約魔法を使ったのは、お前を信じていないからだ。現にお前はレイスにほのかな恋心を抱いている」


「――」

 一瞬、ルティは頭が真っ白になった。


「彼は、気づいていますか」


 震える声で問うと、ジェラルドは首を横に振る。


「いいや、カマをかけただけだ」

(最悪だ)

 ルティは真っ赤になった顔を隠すようにうつむこうとするが、ジェラルドがそれを許してくれない。


「そんな下らぬ感情で勝手に動かれては困るのだ。言っておくが、こちらの事情に最初に足を突っ込んだのはお前だぞ。知ったからには私に従ってもらう」


 ジェラルドは国を背負っているからこそ、その言葉ひとつひとつに重みがある。

 遠回しに、感情のおもむくままに動けば、ルティが身を亡ぼすかもしれないと言ってくれていることもわかる。


(でもね……レイスへの気持ちを下らない感情だなんて言われたくない)

 やっと見つけた宝物のような気持ちであり、原動力のひとつなのだ。


 ルティはジェラルドを見上げ、思わず目を見張った。

 どうしてだろう。彼のほうがいまにも泣きそうな表情をしていた。


(ジェラルドさまはわたしを見ていない。わたしの目に映る自分自身を見ている?)


 ああそうか、とルティは彼が抱えているものを悟った。


「あなたも、密命より気持ちを優先させたことがあるのですね」


「――は?」


「自分自身がそうだったから、人を信じることができないんだ……きゃ!」


 肩に鈍い痛みが走る。ジェラルドに両肩を捕まれ、思い切りソファの背もたれに押しつけられたのだ。


「――お前になにがわかる!」

 彼はギリッと歯を噛み、せき止めていた感情をあふれさせる。


「私の目を見ろ。この金の瞳を見るんだ!」


 ルティの視界に金色が広がる。

 気づけば、互いの吐息を感じる距離まで迫っていた。


「魔物の目と同じ色だと思ったことはないか」

「……っ」

 ルティは息を呑む。竜の目と同じだと思ったことがあった。


「これはな、母からの遺伝なのだ。私の母は幼き頃に魔症となり、目の色が魔物と同じ金色になった。母国では呪われた娘としてしいたげられ、それはダルクに嫁いできてからも変わらなかった」


 肩を掴む力がより一層強くなる。それでもルティは彼から目を逸らしてたまるものかと、歯を食いしばる。


「母は陰でひっそりと過ごす道を選んだが、私は違う。一人の王子としてこの国に尽くしたいのに、目の色が人と変わっているから? 異国の血が入っているから? 配下ですらそういって私をさける。だから契約魔法によって従わせてきた。そうしなければ宮廷の中で生きていくことはできなかったからだ……!」


 ジェラルドは顔を歪ませ、悲痛な声を上げる。


「信頼など必要ない。契約さえ交わせば人間関係は作れる。だからこそ私は! 陛下の密命に私情を挟むわけにはいけない! いけないのに! くそっ……」


 罪悪感で押しつぶされそうになっているのだろう。

 ルティの肩の痛みになんとか耐え、彼の腕を掴む。


「そんなあなたが誰かのために気持ちを優先させたのなら、よほどその人のことを大切にしたかったのですね」


「――」

 その無言は、言葉にならない叫びのように聞こえた。


 ジェラルドはルティの肩を掴む手の力を緩め、テーブルの天板に座った。


(彼の隣に座って慰めることもできるけど)


 いまのジェラルドは深い闇の中でふさぎ込んでいる。きっと慰めも助けも必要としていない。

 そんな彼に届く言葉があるとしたら、事実・・だけだろう。


 ルティはソファから立ち上がると、静かに告げる。


「生徒の監視は任せてください。より一層気を引き締めて努めます」

「…………」


「それとこれはわたしの主観ではありますが、わたしの周りであなたの瞳の色を気にしている人はいませんでしたよ」


 そしてルティは踵を返し、一人で部屋を出た。

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