第三章 『落ちこぼれ三人組』

 ロシュフォード王立魔法学校に入学してからもうすぐ三週間となる。


 ルティはとある日の放課後に図書館を訪れていた。天井は三階まで吹き抜けとなっていて、真下には深紅の絨毯が広がる。


(いつ来てもわくわくする!)


 頬を紅潮させながら階段の途中で周囲を見回す。ここには世界中の本が集まっていると言われ、艶やかに磨かれた本棚には、色鮮やかな背表紙が並べられている。


(つい見入ってしまうけど、お目当ての本を探さないと)

 再び歩き出そうとしたとき、階段横の大窓に鳥よりも大きな影が横切った。


「!」

 ルティは咄嗟に身をかがめる。


 ややあって、それが箒に乗った生徒だと気づいた。

 放課後にはさまざまなサークル活動が行われている。建物に沿うように飛行している彼らは、ブルスタと呼ばれる箒乗りの障害物競走の選手だろう。


(びっくりした。竜かと思った)

 まだ胸がドキドキとしているが、今日はレイスの家族について調べに来た。

 彼に呪いの手紙を送った犯人も気になるが、封蝋の模様がひっかかっていたのだ。


(レイスが警戒心を解いたということは、生家の可能性が高い)


 だが彼の生家の情報は世間では伏せられている。つまり呪いをかけた犯人は、生徒ではなく、レイスの生家の事情を知る大人だ。


(ジェラルドさまだってそれをわかっているはずなのに、どうして教師やこの学校に出入りする人だけではなく、生徒まで疑うべきと言っていたんだろう?)


 それに呪いの手紙以降、犯人からの干渉がほとんどないのも気になる。

 おそらく、ルティが知らないだけでレイスとジェラルドが対処しているのもあるかもしれないが。


(そっちがその気なら、こっちだって考えがあるんだから)


 ルティはレイスの生家の確信に迫るためにも、レイスの祖父であり王国にさまざまな富をもたらした冒険者――アルベルト・エインについて調べる。


 いろんな本や資料をまとめるとこんな感じだ。

 アルベルト・エインは数十年前にダイヤモンドよりも硬いといわれるドラゴンライトという鉱石を見つけたことで名を馳せた。

 その鉱石は魔物の動きを弱める効果があると言われ、古から魔物の被害に困っていたダルク王国は、アルベルトに鉱物学者と一緒に王国を回って石を確保してほしいと命令する。


 そして、いまから十数年前の探索中にアルベルトはひとり行方不明になったとされていた。


(レイス……)

 ルティは行方不明の文字をなぞる。彼はこのことをどう思っているのだろうか。


(きっと話してはくれないよね)


 彼の手の形や皮膚の硬さとか、指先のささくれとか、腕に傷跡が残っていることとか、そういったところは知っているのに、他のことはなにも知らない。


(アキルス君みたいに気さくな性格ならもっと上手くやれたかもしれないのに)


 頭を悩ませていると、たまたま手に持っていた鉱物学の本を見て首を傾げた。

 アルベルトと行動を共にした鉱物学者の家名がルーエンだったからだ。


(これって、アキルス君の親族?)


 なんの偶然だろうか。無我夢中にページをめくっていると、背後の気配に気づけなかった。


「やあ、こんなところで自主勉強か?」


 ルティが勢いよく振り返ると、そこにはアキルスとハーウェイが立っていた。

 意中の人物の登場に内心で焦りながら、ここ最近で鍛えられた演技力を披露する。


「そうなんですよ。お二人はなにか調べ物ですか?」

 にこっと微笑みかけると、アキルスが口を開く。


「ハーウェイと一緒に目当ての本を探していたんだよ」

「ほ、本棚の場所がわからなくて、困っていたら、アキルス君が声をかけてくれて」

「なるほど。お目当ての本は見つかりましたか?」

「この通り、ばっちりだよ。なあ、ハーウェイ」

「うん、ありがとう。助かったよ」


 そういってハーウェイは両手で持っていた本を嬉しそうに見つめる。彼の腕によってタイトルは見えなかったが、表紙には鳥類や爬虫類などの動物が描かれていた。


(動物が好きなのかな?)

 ハーウェイは前よりもルティの目を見て話してくれるようになった。これもアキルスのおかげかもしれない。


(待てよ、これは二人のことを知るいい機会なのでは?)

 そうと決まれば行動するのみだ。


「お二人とも、もしよかったら一緒に自主勉強をしませんか?」


 するとアキルスは屈託のない笑みを浮かべる。

「いいね! おれ、おすすめの勉強場所があるんだよ!」


 一方でハーウェイはルティとアキルスの顔を見てから、遠慮がちに告げる。

「えっと、僕もいいの?」


「もちろんです」

「もちろんだよ」

 二人で頷くと、ハーウェイはぎこちなく、でもほっとしたように口角を上げた。




「じゃーん! ここがおれのお気に入りの場所で~す!」


 アキルスが案内してくれたのは校舎と校舎のあいだにある隙間だった。一人分の横幅しかなく、上から下まで蔦に覆われていたが、蔦を手でよけて進んでいくと、中庭があった。


「すごい! こんなところがあったんですね!」

 ルティは驚きの声を上げながら辺りを見回す。


 外にいたはずなのにガラスの天井が張り巡らされ、想像していた以上に広い場所だ。おそらく空間魔法がほどこされているのだろう。


 さらに驚いたのは黄色く染まりつつある広葉樹の真下に石のテーブルがひとつと、ベンチがふたつあることだ。しかも広葉樹の根元には岩が埋まっている。自然と人工物が混じったような中庭だが、不思議と居心地はいい。


「おれといつも一緒にいる面子は虫嫌いもいるし、外だと集中してできないみたいで。二人は大丈夫そう?」

「わたしは秋になると家族と一緒によく登山に行っていたので」

「僕は地元が自然に囲まれていたから……」


「そっかそっか! 喜んでもらえてよかったよ。でもさ、正直なところルティリエールはおれたちと一緒にいて大丈夫なの?」

 アキルスが眉を寄せて苦笑するため、ルティは首を傾げる。


「どうしてですか?」

「いやだってレイス君、おれたちが君に話しかけるたびににらんでくるし」

「えっ⁉ そんなことしていたんですか⁉」


 魔力供給することで頭がいっぱいで、思えばレイスがどんな表情をしていたか気にしたことはなかった。


(何事も全力すぎるのよあいつは~‼)


 ルティが両手で頭を抱えていると、ハーウェイがおそるおそる切り出す。

「アキルス君、その言い方だとエルトナーさんより僕たちの命のほうが危ないかもしれないよ」

「あ、確かに」

「にらんでくる件については言い聞かせておきます! はい、問題は解決しましたね! 勉強しましょう!」


 ルティは勢い任せに告げると、テーブルに教科書を広げる。すると二人は肩をすくめると対面に座った。


 とりあえず互いに教え合いながらやろうということで、得意教科と苦手教科をあげていくと面白いことがわかった。


 ルティは薬草学が得意で、錬金術が苦手。

 アキルスは錬金術が得意で、天文学が苦手。

 ハーウェイは天文学が得意で、薬草学が苦手。


「それぞれが補えそうですね」

「だね。ここだけの話、おれの親父と兄貴が鉱物学者なんだよね。錬金術で特定の石をつくるためのコツとか教えられるかも」


 その言葉にルティは息を呑む。もしかしたら、鉱物学者の親族の話が聞けるのではないか。


「もしかして、この人がアキルス君の親族ですか?」

 そういってルティは先ほど図書館で借りてきた鉱物学の本を広げる。


 するとアキルスは「うわ、よく見つけたなあ。そうそうこれがおれのクソ親父だよ」と笑顔で言った。ルティは眉をひそめる。


「なかなかの言い様ですね」

「だってあいつ研究ばっかりでおれと母さんのことをいつもほったらかしにしてさ。しかも鉱石に例えてでしか会話できないんだぜ? 兄貴は鉱物学者としての才能があったからクソ親父の会話についていけるんだけどさあ。ほんとまいっちゃうよ」


 彼は先ほどとは打って変わって深々としたため息をついた。相当な鬱憤がたまっているようだ。


「あー……でもわたしの家でもありますよ、筋肉用語とか」

「僕も、弟と何気ない会話をしていたときに、両親から『物騒な専門用語は外では使わないでね』と注意されたことがあったな」


 まさかハーウェイの口からそんな話が出てくるとは思っていなかったので、ルティとアキルスは目を丸くさせる。


 ――物騒な専門用語ってなんだと思います?

 ――わかんない。さすがのおれも怖くて聞けない。

 ――ですよね。

 ――平然としているけど君の家の筋肉用語も普通じゃないからね⁉


 互いに視線で訴えかけて会話したあとに、アキルスは複雑そうな表情で腕を組む。


「なんだ。おれたち、似たような苦労をしていたんだな」

「そうみたいですね」

「……防衛術でも大変そうな班に入っちゃったしね」


 ハーウェイの言葉にルティもあはは、と乾いた笑い声を出した。


 実は来週からセシルの指導のもと、防衛術の実技試験に向けた訓練がはじまることになったが、実技試験の内容が『宝探し』だったのだ。


「びっくりしたよな。あのグループディスカッションが布石だったとはね」

「足、引っ張らないようにしないと……」


 ルティたちは残りの三人の姿を浮かべる。彼らの実力は測り兼ねるが、口ぶりからして自信があるのは間違いない。


(レイスだって魔力補給さえしてしまえば輝かしい成績を残すだろうし)


 だがルティはなにもしないでそのおこぼれをもらうつもりはない。ちゃんと自分の役割をまっとうして評価してもらいたい。


「わたしたちなら大丈夫ですよ」

 それはありきたりな言葉だが、ルティはそう信じている。


「まずはこの三人の連携を深めていきましょう。そうすれば大きな力になるかもしれないし、わたしたちの班には頼もしい人たちがいるんですよ? 六人そろえば最強ですって!」


 元気いっぱいに告げると、アキルスとハーウェイはぽかんとしたあとに笑い出す。


「ははっ! 最強か、いいなそれ! 気に入った!」

「そうだね。頑張ってみようかな」


「では、みんなで景気づけに気勢を上げる願掛けでもしませんか?」

「いいね! 拳の準備はいいか?」

「うん、いいよ」

「はい!」

「エイ・エイ・オー!」


 アキルスの声に合わせて、ルティとハーウェイが拳を空に突き上げる。

 そのときだった。


『うるさいぞ』


 くぐもった声と共に地面が震えた。その振動は徐々に大きくなり、ゴゴゴゴゴゴゴという地鳴りがとどろく。

 なんと広葉樹の下に埋まっていた岩が動いたのだ。


(嘘でしょう⁉)


 岩は一部分しか露出していなかったようで、どんどん大きくなり、建物の二階まで大きくなる。しかも岩の表面が柔らかい灰色の毛並みに変わり、まあるい耳がぴょこっと現れた。


(大きなチンチラのように見えるけど……額の黒い石に、目が金色ってことは)


 その生き物は、竜と同じ魔物だった。


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